「瑠璃の契り」 北森鴻 文藝春秋 ★★★ | 水底の本棚

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魑魅魍魎が住まう骨董業界を生き抜く孤高の美人旗師・冬狐堂こと宇佐美陶子。

目利きの命である眼を患った彼女を食い物にしようと、同業者がわけありの品を持ち込む。

それは、不思議と何度も返品されてくる和人形だった――「倣雛心中」。
他、表題作を含め全四篇を収録した古美術ミステリシリーズ第二弾。


瑠璃の契り―旗師・冬狐堂 (文春文庫)



※物語の核心部分に言及しています。未読の方は回れ右でお願いいたします。





このシリーズは主人公の陶子が魅力的で僕は好きだ。


彼女が僕にとって魅力的なのは孤高の美女だからではない。


旗師という職業は、直接的な言い方をすれば美をカネに変えることで生計を成り立たせている。


特に古美術品というのは新しく誕生するものではないので(当たり前だ)、


今あるものをただ転がしているだけで何とか利益を生まなくてはいけない。


やっていることは美の世界とは程遠い、ただの土地転がしのようなものだ。


けれど、陶子はそんな商売を生業にしながらも、


美を愛する気持ち、美への執着、そして恐れを決して忘れていない。



だから時には旗師という職業から逸脱した行動もとる。


そして彼女がそういう人間だからこそ、見抜けた謎もある。


僕はそういう陶子が好きなんだ。



この短編集で一番のお気に入りは「倣雛心中」


整合性、そして意外性という意味ではこの短編集で僕は本作が好きだ。


和人形というのは――今でこそ何とも感じないけれど、


子供のころはただただ畏怖の対象でしかなかった。


特に恐ろしかったのは眼。


こっちが動いたら、眼球が僕の動きを追ってすーっと動きそうで。


そんなこと想像しちゃったら、恐いのに眼を逸らせなくて。動けなくて。


この物語はそんな子供の頃の恐怖を思い出させてくれるような――作者の怨念にも似た想い。


その想いに恐怖した。



それから「苦い狐」も結構お気に入りかな。


真贋をすりかえる巧妙で、でも卑劣な手法。ミステリとしての面白さはこの作品が一番かな。


自分の芸術家としてのプライドを粉々に砕いた相手の芸術を怪我すような真似を、


たぶん陶子は許せなかったんだと思う。



エンディングで明かされる陶子が胸の内にずっと隠してきた秘密。


誰もいない浜で炎を燃やしたときの陶子は、いったいどういう気持ちだったんだろう。


それが僕は一番知りたい。