小劇団「紅神楽」を主宰する女優・紅林ユリエの恋人で同居人のミケさんは料理の達人にして名探偵。
どんなに難しい事件でも、とびきりの料理を作りながら、見事に解決してくれる。
でも、そんなミケさん自身にも、誰にも明かせない秘密が…。
ユーモラスで、ちょっとビターなミステリ連作集。
その小気味良く、論理的な推理もさることながら、この小説の肝は料理の描写のうまさ。
涎モノです。
作中で池波正太郎のエッセイが登場しますが、池波エッセイにも負けないくらいです。
誉め過ぎ?
いやいや。そんなことはないはずです。
それに、本作はただの料理エッセイではありません。
その料理が巧みに小説のストーリーに絡んでいることが大事なんです。
いくら料理が旨そうでも、読者はグルメ本を読んでいるつもりはないのですから、それだけだったら意味はない。
でも本作の場合は料理の描写がストーリーを非常に魅力的にする効果をあげていると思います。
※以下、ねたばらし感想です。未読の方は…読んでから!!
「ストレンジテイスト」
解決編に戸惑う劇団付き作家の小杉にミケさんがアドバイスする話。
誰の舌にも合う完璧な料理を一日二食限定ながら出す店。
その店の秘密を小杉が考えた設定だけでミケさんは鮮やかに解いてみせる。
小杉師匠が考えたコース料理が、とてもおいしそうなのですが、季節感や組み合わせがてんでバラバラというのが伏線というのは……なかなかわかりませんよね。
「アリバイレシピ」
叙述トリックにすっかり騙されましたが……絶品カレーのヒミツのほうはちょっと拍子抜けです。
玉ねぎを徹底的に炒めるなんて!
当たり前すぎるだろ!
そもそも、それだけでそんなに絶品のカレーはできん!!
……って、何に怒っているのだか。
「キッチンマジック」
いつものパーティで手打ち麺をふるまおうとしたミケさん。
なぜか小麦粉の配分を間違えてしまう。
その同じ夜、マンション前の路上で高校生が殺害される事件が起こり、バイクに乗って犯行を繰り返していた引ったくり犯の仕業だと目されたのだが……。
事件の犯人は意外なところから現れます。
いわゆる、盲点というやつですね。
「バットテイストトレイン」
旅の途中、列車の中で出会う、三津池修と滝沢良平。
でも、この三津池修……どうもミケさんには見えないんだけどな……と思って読んでいると、その理由はのちほどわかります。
なんだか、思わせぶりな結末。
蓮作短編集の中の、つなぎの役割を果たす一篇ですね。
「マイオールドビターズ」
「紅神楽」の公演が気に入ったという富豪の老人が、自分の屋敷で特別公演をしてほしいとの依頼を。
そのギャラはなんと200万円!
一晩で破格のギャラを手にできるとあって一同は喜び勇んで出かけるが……そんなうまいハナシがあるのかな?なんて。
小杉師匠でなくても、ついつい悪いほうの想像をしてしまいますよね。
「赤毛連盟」に代表される「奇妙な依頼」が謎になった一篇です。
「赤毛連盟」ほどでありませんが、小杉師匠の推理も、ミケさんが披露した真相のほうもなかなか論理的ですっきりまとまった一篇という感じです。
「バレンタインチャーハン」
雑誌の料理コーナーでミケさん直伝の炒飯をつくることになったねこ。
その撮影そのものは無事に終わったのだが、その直後から、雑誌の担当編集者のもとに脅迫状まがいの怪しい手紙が届くようになり……ついにはストーキング行為まで。
小杉師匠がねこさんの撮影を利用した編集者の陰謀を暴く推理を見せるのですが……これが大外れ。
いなくなってしまったミケさんの代わりをつとめるのは難しいですよね、師匠。
「ボトルダミー」
隠されていた梅酒のボトルが、ある劇団のシナリオをゴーストライターが書いていたという暗示だ……というのはあまりにも飛躍が過ぎるのでは?
さすがにさあ。強引かなあ。
「サプライジングエッグ」
「谷口優太」が「三津池修」になるのはどう考えても反則だろう。
母親の姓にしたので苗字が変わった……というところまでは許せても、「優太」という名前は実はおじさんの名前を勝手に借りて名乗っていただけで本名は最初から「修」なんだ、というのはさすがに無理。
伏線も何もないんだもん。
「海外に逃避していた友人がきっちり時効を迎えることができるように」という名前交換の理由は、まずまず納得できるし、ちょっと面白いなと思っただけに残念です。