銀座の花師、佐月恭壱のもうひとつの顔は絵画修復師。
大正末期に活躍した画家の孫娘から、いわくつきの傑作の修復を依頼された佐月は、描かれたパリの街並みの下に別の絵が隠されていることに気づく。
……表題作ほか、欧州帰りの若き佐月を描いた文庫書き下ろし「凍月」等全三篇。
表題作の「深淵のガランス」が一番のお気に入り。
絵を破棄したくない。
でも決して人目に触れさせることはできない。
だからその上に別の絵を重ねた。
油絵の重ね描きは現実にもよくあることだし、絵画ミステリの世界でもそう珍しいことではありません。
X線撮影という技術はそれをいとも簡単に暴き出します。
この種のミステリでの興味の焦点は「なぜ絵は隠されなければならなかったか」です。
そして、大抵の場合、上に描かれた絵を剥がすことで真実が明らかになるのですが……この物語の場合、問題がひとつあって、上に描かれた絵もまた傑作であったということなんですね。
傑作かどうかわからない「隠された絵」のために、
間違いなく傑作である絵を破棄してしまうことはできない。でも真実は知りたい。
このジレンマを解決するために、佐月は驚くべき手段を用います。
想像しただけで気が遠くなるわ。
絵画修復師としての佐月の技術と意思と矜持に僕は、空恐ろしい気持ちにすらなりました。
ミステリの真相なんかよりもよっぽど驚かされましたよ。
掌編の「凍月」はともかく、「血色夢」も佐月の執念とも言える修復にかける情熱には本当に驚かされました。
僕は美術ミステリが大好きですが、この作品集もまたお気に入りのひとつになりそうです。