こういう奇跡もあるんじゃないか?
まっとうさの「力」は、まだ有効かもしれない。信じること、優しいこと、怒ること。それが報いられた瞬間の輝き。ばかばかしくて恰好よい、ファニーな「五つの奇跡」の物語。短編集のふりをした長編小説です。
帯のどこかに「短編集」とあっても信じないでください。
※ねたばらしあり〼
五つの短編は「バンク」「レトリバー」「イン」の三つと、
「チルドレン」「チルドレン2」の二つに分けられる。
破天荒で「世界は俺を中心に回っている」というような振る舞いをする陣内、
その友人で常識人であるがゆえに陣内に振り回されている鴨居、
全盲にもかかわらず世の中を見通す鋭い目を持った永瀬、
永瀬の彼女の優子、
そして永瀬のパートナーを務める盲導犬のベス。
この四人と一匹が「バンク」など三話の中心人物だ。
「チルドレン」「チルドレン2」は時系列的には「バンク」ら三編より何年か後で、
家庭裁判所の調査官として働く陣内とその後輩である武藤のお話。
オビで伊坂幸太郎本人が「短編集のようだが実は長編」と書いているように、
それぞれの話の小さなエピソードがちょっとずつリンクしている。
短編としてひとつひとつの話はちゃんと簡潔しているのだが、
まとめて読んだ方が楽しい気がする。
たとえば、「チルドレン2」で陣内が嫌悪する父親を殴ったという話を武藤にするのだが、
そのとき彼は「自分だとわからないように殴った」と言う。
武藤は「正体がわからないように殴る方法なんてあるのか」と疑問を持つが、
その答えは最終話の「イン」で明らかになる。
なるほどね。
伊坂幸太郎はこういう細かいエピソードの使い方が抜群にうまい。
こういうのをちょっとずつ積み重ねて、登場人物たちにしっかりとしたキャラクターづけをしていくのだ。
一応、ミステリとして見たときに一番面白いのはやっぱり「バンク」だろうか。
永瀬が見抜いた真相が正しいかどうかはわからないが、腑に落ちる解決だと思う。
「少年の健全な育成とか、平和な家庭生活とか、少年法とか家事審判法の目的なんて、全部嘘でさ、どうでもいいんだ。俺たちの目的は、奇跡を起こすこと、それだ」
陣内の調査官としての方針だそうだ。
非行少年を更生させるなんて奇跡みたいなもんだ、と彼は言う。
そして、だから俺たちは奇跡を起こすんだとも言う。
僕は「性悪説」の支持者じゃないから、
非行少年を更生させることが絶対に無理だとは思わないけれど、
難しいことだというのは事実だろう。
それを奇跡とまで呼んでいいかの議論はさておくとして、
いずれにしても「俺たちの仕事は奇跡を起こすことだ」と言い切れるような仕事は格好良い。
あ、そういえば陣内はこうも言っている。
「そもそも、大人が格好良ければ、子供はぐれねえんだよ」
うん、これは真実だという気がするね。