現実に立ち竦み、自分だけの〈物語〉を紡ぐ三人の男女。極上の技が輝く長編ミステリ。
孤独と暴力に耐える日々のなか、級友の弥生から絵本作りに誘われた中学生の圭介。
妹の誕生に複雑な思いを抱きつつ、主人公と会話するように童話の続きを書き始める小学生の莉子。
妻に先立たれ、生きる意味を見失いながらボランティアで読み聞かせをする元教師の与沢。
三人が紡いだ自分だけの〈物語〉は、哀しい現実を飛び越えてゆく――。
最高の技巧に驚嘆必至、傑作長編ミステリ。
「これって長編なの? それとも短編集?」
「あーそうだね。どっちでもいいんじゃない?」
「どっちでも…ってことはないでしょ」
「基本的には独立した三つの短編だな。最初の『光の箱』に登場した人物がちょいちょい顔を出すけれど、それぞれ別々に読んだとしても問題はない」
「それが長編としても成立する?」
「そう。エピローグでそれぞれの物語はひとつの物語として綺麗に環を閉じる。
実はさ、『光の箱』は既にアンソロジーに編まれているものを読んだことがあったんだよな」
「そうなんだ?」
「そのときは道尾秀介さんらしい叙述トリックが駆使された作品だなと思った。
そして、それと同時にとても暗い作品だなと思った」
「暗いかな?」
「そのときはそう思ったんだよ。
あまりよく覚えていないんだけどさ、エンディングが本作とは違ったような」
「へえ。このエンディングはハッピーエンドだと思うけどね」
「ちょっと無理やりだけれど、悪くはないな。
トリックも、カメラのフラッシュの使い方は巧いと思った。
カメラは写真を撮るためだけではなく、光源としても使うことができる。確かにそうだ」
「自分の欲望のために友人を陥れることができる悪魔のような女だと思った弥生のキャラクターがその真実が見えた瞬間、一変することになる。美しいどんでん返しだね」
「でもさ。フィルムをちゃんと巻いてから抜くという判断はできなかったのか?
別にフィルムが入っていなくてもフラッシュは焚けるよな?」
「そういう細かい瑕疵は気にしない方が、読書は楽しいと思うけど?」
「悪かったな。そういうのが気になるんだよ」
「ところで、他の二作品はどうだった?」
「『光の箱』を読んだところで、この作品集の傾向がわかった。
暗い気分にさせられて、絶望的な気持ちになる寸前に、物語は必ずハッピーエンドになるんだって。
だから残り二話も安心して読めたよ」
「無難にまとめている、というと誉め言葉っぽく聞こえないけれど、皮肉ではなく賞賛として『綺麗にまとまっている』と思うよね」
「本を読むことで、現実の辛いことから逃げられるなんて思えない。
物語は物語で、現実は現実だ。それは間違いない。
でも、物語から力をもらうっていうことは、ある。
絶対、あるよ」
「だね」