この状況で生き抜くか、もしくは、火星にでも行け。希望のない、二択だ。
密告、連行、苛烈な取り調べ。
暴走する公権力、逃げ場のない世界。
しかし、我々はこの社会で生きていくしかない。
孤独なヒーローに希望を託して――。
らしさ満載、破格の娯楽小説。
住人が相互に監視し、密告する。
危険人物とされた人間はギロチンにかけられる―身に覚えがなくとも。
交代制の「安全地区」と、そこに配置される「平和警察」。
この制度が出来て以降、犯罪件数が減っているというが…。
今年安全地区に選ばれた仙台でも、危険人物とされた人間が、ついに刑に処された。
こんな暴挙が許されるのか?
そのとき!
全身黒ずくめで、謎の武器を操る「正義の味方」が、平和警察の前に立ちはだかる!
伊坂幸太郎さんはこの作品を、
魔女狩りVSバットマンin仙台
みたいな話だと言う。
もしも僕がプロの作家だとして、
「火星に住むつもりかい?」というタイトルで、
「魔女狩りVSバットマンin仙台」みたいな話を書いてくれと言われたら、
おそくらく迷うことなく断る。
どんなハナシにすればいいのだか、皆目見当がつかない。
でも伊坂幸太郎さんはそれを見事に物語に仕立て上げる。
魔女狩りというのは本当に苛烈だ。
死ぬことでしか自分の容疑を晴らすことができないのだけれど、死んでしまっては意味がない。
お前は魔女だ、と言われたら最後、もう何の希望もない。死への一本道だ。
周りだって、自分が巻き添えになるのが嫌だから、誰も助けてはくれない。
こんな状況はまさに絶望的だ。人間の考え方からモラルが全部ふっ飛んで、何でもアリの状況になるというのはとても怖い。
ルールはとても面倒くさいものだけれど、ルールをちゃんと守っていれば世界が自分を守ってくれるという安心感は戦争のない平和な世界だからこそ、だ。
ルールが無くなった世界では、真面目に生きていればそれでいいというわけではなくなる。
誰でもある日突然、何の理由もなく魔女にされる。
火星に住めるのならば逃げ出したいくらいの気持ちになるのは当然だろう。
だが人間は火星には住めない。
誰もがこの苛烈な状況に甘んじて生きていくしかない。
第一部は本当に欝な気分にさせられる。
しかし。
この物語にはその絶望的な状況に一矢報いてくれるヒーローが登場する。
奇妙な武器で、平和警察をぶっ倒したり、少年をいじめから救ったりする。
このヒーローの正体と、ヒーローが使っている武器がこの物語の謎になっていて、ミステリ的な愉しみもある。
全体的に絶望的で欝な物語だけれど、
そこはそれ、伊坂幸太郎さんだからブルーなだけでは終わらない。
ラストは一条の希望の光が差し込んでくるような。
そんな気がした。
「『ヒーローは、目につく不幸な人間を、全員、救わなくちゃいけないのか』って問題です」
真壁鴻一郎が皮肉めいた笑みを口に浮かべる。どこか嬉しそうだった。
「あっちの人は助けるけれど、こっちの人は見捨てる、とはなかなか割り切れないものですから。いや、もちろん割り切れる人間も多いですが、そういった人間はそもそも、人を助けようとはしないタイプです。とにかく、人を無償で助けようなんて人間はお人好しですから、悩むわけで。Aさんは助けて、Bさんは助けなくていいのか? かといって、みなを助けることはできないぞ、と。僕からすると無意味な悩み事にしか思えませんが、悩む人は悩むんですよ。いい人ほど苦労する世の中ですからね。そういう意味では、薬師寺さんや僕らは苦労知らずですね」