「消失グラデーション」 長沢樹 角川書店 ★★★ | 水底の本棚

水底の本棚

しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

私立藤野学院高校のバスケ部員椎名康は、ある日、少女が校舎の屋上から転落する場面に遭遇する。康は血を流し地面に横たわる少女を助けようとするが、少女は目の前から忽然と消えた。

監視された空間で起こった目撃者不在の“少女消失”事件。

複雑に絡み合う謎に、多感な若き探偵たちが挑む。

繊細かつ大胆な展開、“真相”の波状攻撃、そして驚愕の結末。

最先端で最高の青春本格ミステリ、第31回横溝正史ミステリ大賞受賞作。


消失グラデーション (角川文庫)



校内にある死角になっている場所で


主人公の椎名康(コウ)が清純派の女子高生に、不埒な行為をするところから、


この物語はスタートする。



そこに、コウのクラスメイトで放送部の樋口真由が現れる。


樋口の目的は校内に侵入し生徒の制服などを盗んでいく、通称「ヒカル君」という美形の窃盗犯を防犯カメラで捉えること。



ヘンな冒頭である。


だけど、この時点で実はすでに読者はもう物語のマジックに引っかかっている。



ところで。


この物語の謎はただひとつしかない。


屋上から転落し怪我を負ったはずの少女はどこに消えたのか?


(誰がそれをしたのかはあまり問題ではない。なぜなら少女が見つかればそれはわかるだろうから)



この謎そのものはたいした面白味はない。


ミステリとしては派手さはないし、


消失と言っても、目撃者こそいないものの現場も密室には程遠く、


ずさんな監視カメラが狙っているだけのオープンスペースなのだから。



これは本格ミステリとしては、かなり物足りない?


と、思うなかれ。


ラストで世界は180度、反転します。


そこまでに見えていた世界はすべてが違って見えるようになるはず。


類似のトリックはそりゃいくらもあるけれど、ここまで見事にすべてをひっくり返すのはなかなか難しい。




※チョーネタバラシします!




コウ ⇒女性。でも恋愛対象は女性限定。男子バスケ部員と思わせて実は女子マネージャ


樋口 ⇒男性。性同一性障害で中身は女性


網川緑 ⇒モデルまでつとめる美少女が実は男性(仮性半陰陽)



さすがに3人の人間の性別を誤認させる叙述トリックはやり過ぎ感もあるけれど、


ミスリードの巧さが光り、正直脱帽という気分。


唯一気になるところと言えば、柴田佐紀が口にした「ゲイ野郎が」という言葉。


鳥越とコウの関係を揶揄した言葉と読者は誤認するので、


ますます「コウ=男性」という方向のミスリードを補強することになるのだけれど、


一般的には「ゲイ」という言葉は(辞書的には同性愛者全般を指すのだが)女性には使わんだろ。



それはさておき。


この叙述トリック+屋上からの転落の真相+消失トリックで、


十分読み応えのあるミステリになっていると思う。


トリック自体は平凡でも、精緻に組み立てているところに非常に好感が持てる。