「漂流巌流島」 高井忍 東京創元社 ★★★☆ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

宮本武蔵は決闘に遅れなかった?

人使いの荒い監督に引きずり込まれて、チャンバラ映画のプロットだてを手伝う破目になった主人公。

居酒屋の片隅で額を寄せ合い、あーでもない、こーでもないと集めた史料を検討していくと、巌流島の決闘や池田屋事件など、よく知られる歴史的事件の目から鱗の真相が明らかに……!

第二回ミステリーズ!新人賞受賞作を含む四編収録の、挑戦的歴史ミステリ短編集。


漂流巌流島 (創元推理文庫)



よくテレビで、「実は○○○だった!」みたいな、


歴史のバラエティ番組をやっている。


ついこの間も、「歴史の教科書はこんなふうに変わった」という部分を取り上げるバラエティを観た。


「二十代だった武蔵に比べ、佐々木小次郎は少なくとも60歳は超えたおじいさんだった」


とか、


「武蔵は小次郎を一対一で倒したのではなく、弟子たちと一緒に袋叩きにした」


とか、


古くから語り継がれてきた名勝負の真実を暴露するような内容だった。




歴史は好きだから、こういう番組もついつい観てしまうけれども、


正直、歴史に感じていたロマンが崩壊することもしばしばある。



武蔵はやっぱり稀代の剣豪であってほしいし、


小次郎は武蔵のライバルとして美青年剣士であってほしい。



まあ、歴史なんていうものは決して真実が確定することはないわけで、


昭和史や大正史くらいまでならともかく、


江戸時代のことなんて絶対に何が事実かなんて断定できるわけもない。



だから、「真実」であることには大して意味がないと僕は思っている。


それよりも、いかに「真実っぽいか」のほうが大事であろう。


言い換えれば、「どれだけ説得力があるか」が歴史のロマンとも言える。


それは「歴史ミステリ」も同じことだ。



その点において、本作はパーフェクトと言ってもいいくらいだと思う。


説得力という点においては、文句のつけようもない。


矛盾した言い方だけれど、しっかり地に足をつけた上で論理を飛躍させているという感じがする。


荒唐無稽なのに論理的。




取り上げている歴史的事件も絶妙で良い。


「巌流島の決闘」「赤穂浪士の討ち入り」「池田屋事件」「鍵屋の辻の仇討」


これくらい、歴史的に有名なトピックでなければ、論理を飛躍させる意味がない。


元々、読者のアタマの中に一定のイメージがあって、


それがひっくり返されるから面白いのである。


最初から「聞いたこともない事件」がひっくり返ったって面白くもなんともない。


武蔵や赤穂浪士、新撰組、荒木又衛門に、世間的に定着しているイメージがあって、


それが180度ひっくり返るような論理展開があるから面白いのだ。



僕が一番お気に入りなのは、「亡霊忠臣蔵」。


赤穂浪士の討ち入りのイメージを修正しつつ、それから四十七年後に起こった事件と結びつけるアクロバティックな論理展開は、ミステリ的な面白さで興奮できる。


歴史って面白いことが起こるんだよなあとつくづく思う。


それが膨大な史料に基づいて展開されるものだから、説得力もひとしお。



歴史好き、本格ミステリ好き、それから両方が好きだという僕みたいな人、


絶対にオススメ。損はさせないと思いますよ。