「あなたに贈るX(キス)」 近藤史恵 ★★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

感染から数週間で確実に死に至る、その驚異的なウィルスの感染ルートはただひとつ、唇を合わせること。
昔は愛情を示すとされてその行為は禁じられ、封印されたはずだった…。
全寮制の学園リセ・アルビュスである日、一人の女生徒が亡くなった。人気者の彼女の死は学園に衝撃を与えた。さらに、死因が禁断の病によるものだとの噂が。誰が彼女を死に至らせたのか?
不安と疑いが増殖する中、学園内での犯人探しが始まった。甘やかで残酷な少女たちの世界を鮮烈に描く。


あなたに贈るキス (ミステリーYA!)



たった200ページくらいの中編なので勢いで一気に読めてしまった。


恋愛小説でもありミステリでもある。


いや。恋愛そのものがミステリなのか。



いずれにしても、近藤史恵さんが最も得意とするタイプの作品で、最も彼女の個性が活きるタイプの作品であることは断言してもいいかと思う。


僕はこういう作品を書く近藤史恵さんが好きだ。




美詩が恋心にも似た憧れを抱いていた先輩、織恵が突然亡くなった。

それも、キスをすれば確実に感染し、発症し、そして死に至る病、ソムノスフォビアで。


逆に言えば、キスという禁忌さえ犯さなければ決して罹患することのない病なのだ。


それなのに織恵はソムノスフォビアで死んだ。


美詩はそれを受け入れられなかった。


彼女のいない世界でこれからも生きていくためには、せめて彼女がなぜ死なねばならなかったのかその理由を知る必要があった。



※ねたばらしがここから入りますので未読の方はお戻りください。







真相はあまりにも悲劇的。



誰かに奪われるくらいなら。


自分のものであり得ないのなら。


いっそ壊してしまいたい。


その感情は確かに理解できる。



身勝手だが。



身勝手なだけに理解できる。




でも。自分を壊すこともそれと同じ意味を持つとは僕には思えない。


相手は壊せるけれど、自分は壊せないというのは我ながら身勝手だとあきれるけれども。




真相は悲劇的と書いたが、もうひとつの見方もある。


織恵は美詩に戦うための武器を与えたのだ。


キスひとつで相手を確実に死に至らしめるソムノスフォビアという武器を。


まさか織恵が会ったこともない美詩の父親の背徳を予想していたとは思えないけれど。

でももしかしたら。美詩を守るために。


そんな想像をしてしまうくらい、彼女たちの想いは愛おしく純粋でそして強いと思った。