「探偵映画」 我孫子武丸 講談社 ★★★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

映画界の鬼才・大柳登志蔵が映画の撮影中に謎の失踪をとげた。すでにラッシュも完成し予告篇も流れている。

しかし、結末がどうなるのか監督自身しか知らないのだ。

残されたスタッフ、役者陣はそれぞれ撮影済みのシーンからスクリーン上の犯人を推理し、主人公にして助監督サードの立原はアルバイトの美奈子を相棒に大柳監督を探す。
「探偵映画」というタイトルの映画をめぐる本格推理小説。


探偵映画 (講談社文庫)


※ねたばらしを大いに含みます。未読の方は戻ってください。








僕の大好きな叙述ミステリです。


しかも構造は複雑。


失踪の謎と、映画の中での殺人事件の謎が同時進行で読者を悩ませる形で非常に面白い。


未完成だった映画に何とかスタッフが結末をつけると、


姿を現わした監督がすでに映画は完成している、という。


そしてその言葉の意味は試写会でハッキリとする。


殺人事件の問題編の映像が終わった後、次のシーンはファーストシーン。


女主人の死→お手伝いさんの死という時系列だと思わせておいて、


お手伝いさんの死が先で、その犯人である女主人が自殺した、という展開。



ぼくの隣で美奈子さんが茫然自失の態で呟いている。
「カット……カット・バックだったの?」


そう、この探偵映画は巧妙に仕組まれた叙述ミステリ。


ファーストシーンと思われていた場面はすでに撮られていたエンディングシーンだった。


この映画なら全員をコケにできる、と思いついた時、


監督はその誘惑をはねつけることなどできなかったのだ。




気持ちは分かるなあ、本当に。


大体が、映画だろうが小説だろうが、


ミステリなんてものは視聴者や読者を騙すのが楽しくて作っているようなものだろう。


一人でも多くの人間をコケにしたくてたまらないのだ。


序盤で立原が古今の叙述ミステリ映画について触れるシーンがあるが、


それがあからさまな伏線だとは思わなかった。


なるほどな~と感心しながら読んでしまった。


ミステリの中に仕込まれたもうひとつのミステリ。


このマトリョーリカのような入れ子の構造が楽しい。


この作品は「騙される快感」を教えてくれる。