「少女には向かない職業」 桜庭一樹 東京創元社 ★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

あたし、大西葵13歳は、人をふたり殺した……。

あたしはもうだめ。ぜんぜんだめ。

少女の魂は殺人に向かない。

誰か最初にそう教えてくれたらよかったのに。

だけどあの夏はたまたま、あたしの近くにいたのは、あいつだけだったから。

これはふたりの少女の凄絶な《闘い》の記録。

少女には向かない職業 (創元推理文庫)


物語は、主人公である十三歳の少女、大西葵の独白からはじまります。


その独白によれば、彼女はどうやら二人もの人間を殺した殺人者であるらしい。



それも、ひとつめの殺人の凶器は「悪意」で、


ふたつめの凶器は「バトルアックス」だそうで。



「悪意」は確かに殺人を犯すときには結構、必需品であるような気がするけれど、


だからと言って悪意だけではどんなに脆弱な人間でも死んだりはしないでしょう。


彼女は「悪意」でどうやって人殺しをしたのだろうかという疑問が浮かびます。


さらに「バトルアックス」?


ロールプレイングゲームやファンタジー小説の中でしかお目にかかれないようなこの武器を使って、


現代に生きる中学一年生の女子が人殺し? そんな馬鹿な話があるの?



そんな疑問を抱きつつ、ページをめくると。


一章のタイトルには「用意するものはすりこぎと菜種油です、と静香は言った」とあります。


「悪意とバトルアックス」ですら戸惑っているのに、


「すりこぎと菜種油」って……なんなの、このお話って。



ところが、この小説は、これらの一見、殺人事件と関係なさそうな小道具が


ちゃーんと活かされています。そこが面白いのですね。



ちなみに三章のタイトルである「用意するものは冷凍マグロと噂好きのおばさんです」とか、


終章の「用意するものはバトルアックスと殺意です」とかも、


ちゃんとその通りの物語になっています。(バトルアックスも本当にちゃんと登場します)



でも、中学生の考える、他愛もない殺人計画ですから、なかなかそれでは人は死にません。


静香は自信満々で葵を説得しますが、やはり無理で無茶なのです。



葵はクラスでは冗談が得意で快活で、友達もちゃんといる普通の女の子。


家庭環境には恵まれてはいませんが、母親の再婚相手が意外にダメ親父で、


母親も生活に疲れて今ひとつ理解がないなんていうのは、まあそう珍しい話でもありません。


だから、そんな「フツー」の葵がクラスの友人たちと喋っているシーンや、


何となく気になっている幼馴染の少年に彼女ができちゃってちょっとイライラしている場面なんかは、


当たり前過ぎて面白くも何ともないのです。

現実の多くの中学生がそうであるように、僕の中学時代もそうであったように、


普通の中学生の生活なんて凡庸で同じことの繰り返しで、


当人にとっては楽しいかもしれませんが、


他人からみたら物語としてちっとも魅力的ではないのです。



ところが、葵が静香と二人きりになると、物語世界は一変します。


どこにでもあるような、誰にでも書けるような気がする物語が、


「誰にも書くことのできない」「個性的な」お話に早変わりしてしまいます。


このギャップもまたこの作品の魅力だと言えるでしょう。



葵とそのクラスメイトたちは「友達」であり「仲間」です。


しかし葵と静香を繋ぐ糸は「戦友」であり「同志」であり「共犯者」なのです。


中学一年生を主人公とした瑞々しい当たり前の小説とは一味違った「青春小説」がここにはありました。


物語の最後、ちょっとしたどんでん返しがあって読んでいるこちらは少しばかりハラハラします。


静香が葵にその心情をすべて吐露する場面では、


どこかで何かを彼女が間違えてしまったことを悲しく思いました。



そして、このラスト。


えーそんな終わり方すんのー。そう叫びたくなるような。


彼女たちが悲しいくらいにまだ子供で(車をちょびっとしか動かせないくらいに)、


悲しいくらいに不完全であったことに今さらながら気がつかされたラストでした。