「クラリネット症候群」 乾くるみ 徳間書店 ★★☆ | 水底の本棚

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ドレミ…の音が聞こえない?

巨乳で童顔、憧れの先輩であるエリちゃんの前でクラリネットが壊れた直後から、僕の耳はおかしくなった。しかも怪事件に巻き込まれて…。

僕とエリちゃんの恋、そして事件の行方は?


クラリネット症候群 (徳間文庫)



※感想には若干のねたばらしが入るかもしれません。よろしくです。




「マリオネット症候群」


女子高生の御子柴里美がある日、目覚めたら、自分の身体を思い通りに動かせなくなっていて…


どうやら自分の身体は誰か別の人格に憑依されてしまっているらしいことがわかります。


そして、そして、その憑依人格というのがどうやら里美が憧れていた森川先輩で、


しかも森川先輩自身は何者かに毒殺されてしまっていることが判明します。



人格転移とか入れ替わりいうのは本当に使い古されたテーマなのです。


ぱーっと思いつく作品を列挙するだけでも……


って、列挙するとそれだけで本当に感想文が終わっちゃいそうなのでやめておきます。


ただ、この作品の面白いところは、


人格転移によってもたらされるドタバタ劇がほとんど描かれていないこと。


たとえば、山中恒さんの古典的名作「おれがあいつであいつがおれで」なんかは、


思春期の男女の人格が入れ替わってしまったことによって生じるドタバタだけでひとつの作品になってしまっています。


っていうかね、フツーはある日突然、人格が入れ替わったり、


または他人の身体に転移してしまったら、落ち着いてなんかいられないですよ。


ところが、この作品の登場人物たちはしばしの混乱の後、


いともあっさりと「この姿で生きてくしかねーんじゃん」と頭を切り替えるのです。



どんだけ前向きなんだ、あんたら。



このSF的異常現象を扱ったSFミステリは、西澤保彦さんの得意技で、


「七回死んだ男」や「瞬間移動死体」、「複製症候群」、「死者は黄泉が得る」などいくらでも作品名が挙がります。


中でも「人格転移の殺人」は本作に近い雰囲気を持った作品です。


いずれもそのSF的異常現象のの発生条件とその有効利用方法を探るという部分を中心に据えた物語です。


では、この作品のポイントというか、ミステリ的要素は、


西澤作品同様、この人格転移がどういった条件の基に発生するのかというところにあるのかと思えば、意外にそうでもなくて、それはあっという間に判明しちゃうのですよ。


森川先輩を毒殺した犯人が誰かっていうのも、あっさりとわかっちゃうし。



設定そのものはとても面白いと思うのです。


憑依した人格のほうではなく、身体から追い出されたほうの人格を一人称に持ってきたあたりは新しいと思うし。


ただ、オチも含め、何か料理の仕方が勿体無かったような気がします。


もっと面白い作品に出来たような……。


じゃあどうすればいいかって言われると、困ってしまうのですが。




「クラリネット症候群」


勿体無いと言えば、この作品もそうです。


自分のことを「うち」、二人称を「ユー」と表現する女子高生という設定は


かなり苦しい感じもしますが(「うち」はともかく「ユー」はないでしょ。ジャニーさんかよ)、


それでも、よくぞこの会話を成立させたなと感心します。


エリちゃんの唐突なお誘いにはかなりの不自然さを感じましたが、


それでも一応、会話は成り立っているのですから、お見事としか言いようがありません。


感服します、本当に。


暗号にしてもそうです。よくもまあ、こんなしち面倒くさい暗号を考えたもんだなと。


ただ、勿体無いのはそれがあんまり魅力的でないところ。


読んで「ふーん」って思って終わっちゃうところ。


「ドレミファソラシ」が聞こえなくなっちゃうことによるとんちんかんな会話は面白いけれど、


それはあくまで物語を彩る一要素に過ぎなくて、


それだけでストーリーが輝くというようなものではないのです。


短編なんだから、確かに、ワンアイディアだけで読ませることもできなくはないのだけれど……


それがうまくいっているという気がしません。


労力のわりに報われていないなあという印象なのですね。残念。


あと最後にひとつ。「ドレミファソラシ」抜きの会話は読みづらい!(笑)