時効まで二時間となった猟奇犯罪「平成の切り裂きジャック」事件を、ベテラン刑事が回想する。
妻と戯れに推論を重ねるうち、恐ろしい仮説が立ち上がってきて…。
表題作ほか、妄執、エロス、フェティシズムに爛れた人間の内面を、精緻なロジックでさらけだす全六作品。
西澤保彦ファンなら読むべし。
そうでないなら、イラッとさせられる可能性もあるのでやめたほうがいい。
もし西澤保彦がこの作品で初めてと言う人は、ぜひ別の作品から読んでほしい。
もっととっつきやすいものもあるから。
いや、これもまあ、とっつきやすいほうなのかな?
「僕が彼女にしたこと」
偶然街で出会ったかつてのあこがれの女性は、中年の男性と関係を続けていた。
そして、その男性は彼の父親だった。
彼は女性の隣人の男と知り合いになり、交換殺人の約束を交わすが……。
何と言うか、中学生というのはイタイ。
そもそもこの女性に憧れる意味もよくわからないのだけれど。
それにしても、西澤保彦の描く人物というのはどうしてこう、極端なのだ。
「迷い込んだ死神」
山の中で死のうと思っていた男が迷い込んだ別荘では……奇妙な一家が住んでおり……。
本書の中で一番まともなミステリかと思う。
一種、幻想的かつホラー的なストーリーからのどんでん返しは見事。
迷い込んだ男が自殺志願者であることに意味がないだろ、と思いながら読んでいたが、
ラストでその伏線がうまく効いてくる。
「未開封」
連続殺人事件の被害者に共通するのは〈静香〉という名前だった……。
猟奇的というには……あまりにも異常過ぎ。
意外性というのはナナメ上くらいだから驚けるのであって、
はるか上空を飛びさってしまうような意外性を楽しめる度量はないんだ、僕には。
「死に損」
友人の披露宴に出席するために故郷を訪れた女性が殺害された。
容疑者は拘留されたが、事件のきっかけが分からない。
だが明らかになってきた残酷な過去は……。
基本的に西澤保彦の作品は動機が意外過ぎるので、「死に損」な被害者が多い。
「そんな理由で人を殺すんだ!?」っていうのはもはや西澤作品のデフォルトみたいなものなので、
今さらそれをタイトルに使われてもなあ、という感じ。
「九のつく歳」
39才になった私は街を離れようと決心をする。
だが訪ねてきた刑事は私のことをすべて知っていた。そこから明らかになった事件の真実とは?
刑事が彼女のことをどうして知っているのかという謎が少しずつ解き明かされ、
その後に別の事件が浮かび上がってくるという構図はなかなかミステリとして魅力的。
その一方で、幻想的なオチに向かってしまうのは残念。
「動機、そして沈黙」
長患いだった母親の葬式を終えた妻をねぎらう霧島刑事は、時効の迫る〈平成の切り裂きジャック事件〉について考える。
眠れないまま夫婦で事件について語り合ううちにある新しいことに気付き、そして……。
安楽椅子探偵がロジックを積み上げていき、結論に至るというのは西澤保彦がお得意のパターン。
二人の人物がああでもない、こうでもないと議論していく中で、
意外な真相が浮かび上がってくる構図はなかなか魅力的でもある。
ただ、西澤ミステリにありがちなのだが、至った推論が正しいのか間違っているのか結局わからない。
まあ、この作品の場合は「そうだったら怖いよなー」という恐怖心を煽る効果もあり、
なかなか巧いと思う。