「「アリス・ミラー城」殺人事件」 北山猛邦 講談社 ★★☆ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

鏡の向こうに足を踏み入れた途端、チェス盤のような空間に入り込む。

「鏡の国のアリス」の世界を思わせる「アリス・ミラー城」。

ここに集まった探偵たちが、チェスの駒のように次々と殺されていく。

誰が、なぜ、どうやって?

全てが信じられなくなる恐怖を超えられるのは…。古典名作に挑むミステリ。


『アリス・ミラー城』殺人事件 (講談社文庫)



※ねたばらし満載の感想です。未読の方はお戻りください。





舞台は孤島。


亡き富豪が残したという古城、アリス・ミラー城に探偵たちが集う。


目的は、その古城に隠されているというアリス・ミラーを見つけ出すこと。




宝探しに目がくらんだ人々が閉鎖空間に集まり、そこで連続殺人が起きるという……



キンダイチ少年あたりでありがちなシチュエーションで、いわゆる本格ミステリの定番なのだが、


本作はこの「本格ミステリの意匠」を非常に意識している。

(意識し過ぎ、というほどに)



クリスティの名作「そして誰もいなくなった」を下敷きにしている点ももちろんのこと、


本格ミステリの世界で頻繁に使用される「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」を小道具にし、


探偵たちが密室トリックのありようについて議論する。



チェス盤に駒が配されているのを見ただけでインディアン人形が話題に出され、


顔が硫酸で焼かれた死体があれば、入れ替わりトリックが検討され、


「犯人は最後に自分だけが生き残るのか、無実を証明してくれる証人を残すのか」が議論される。


もはやメタ・ミステリの世界と言っていい。



そもそも、アリス・ミラーを手に入れる条件が、


「生き残ること」


なのだから、最初からこの島で殺人が起こることは最初から必然である。

(フツーは予期せぬ連続殺人が起こるものなのだが)


にもかかわらず、彼らはそれを違和感なく許容する。


誰一人として、それに対して異を唱えることはない。


言い換えれば、探偵たちはミステリの世界の住人であることを認めているのと同じだ。


殺人事件が起こらなければミステリ小説として成立しないじゃないか、


そんな風に思っているのではないかとすら思う。



いくつかのねたばらし検証サイトなども見てみたが、


いずれも「犯人を読者の目から隠蔽する」叙述トリックを絶賛している。


真相そのものもそうだが、その「巧みな隠し方」が賞賛の対象になっているようだ。



だが、僕にはちっとも巧いと感じなかった。


全員が食堂に集まって自己紹介をする場面があまりにもあからさまで、


僕はここですでにアリスの存在を完全に意識していた。


たとえば、



「そうじゃな。しかしまだ彼女の紹介が済んでおらんのではないかね?」


と問う窓端に対して、


「ん? 誰が残ってる?」と海上がキョロキョロするのはあまりにも不自然。


アリス=ビスクドールと誤認させた上で、ここはアリスの城なのだから、


主役である(童話の主人公の)アリスを紹介するべき、という洒落た趣向に見せかけたのだろうが、


実際はそこに(実在の人物の)アリスがいたのだから、海上がキョロキョロする理由はない。


また、ルディがアリスのことを「フレンド」だとか「彼女は」と言うのも不自然。


特に、質問に対してアリスではなくルディが答えるシーンが何度かあるが、


日本語がルディ以上に達者なアリスの代弁をする意味はない。



また、第二の殺人の際に海上が「アリスを見た」と証言している点を全員があっさり無視するのもどうか。


読者は「アリス=ビスクドール」または「アリス=童話の主人公」としか思っていないのだから、


海上の証言を「世迷いごと」と捉えたり、「何かのトリック」と想像しても仕方ないが、


彼らはアリスを実在の人物と認識しているのだから、その証言は検証してしかるべきだ。



読者の目からアリスの存在を必死に消し去ろうとするばかりに、


他の登場人物たちがことさらにアリスを無視するという奇妙かつ不自然な展開になってしまっている。



動機の不自然さや、結局アリス・ミラーってなんだったのかねとか、


他にもツッコミどころはあるのだけれど、それはまあ些細な不満でしかない。


(些細かね?)


作品の肝である叙述トリックが失敗している以上、僕はこの作品を評価する気分にはなれない。



むしろ殺人に使用されている物理トリックのほうがよく考えられていて面白かった。


メタ・ミステリは所詮、メタ・ミステリに過ぎず、本格ミステリの面白さはまた別物なのだなあと思った。