「インシテミル」 米澤穂信 文藝春秋 ★★★★ | 水底の本棚

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本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

バイト雑誌を立ち読みしていたビンボー大学生の結城理久彦は、ひとりの女性から声をかけられて……。

車がほしかった彼は、時給十一万二千円の怪しげな実験モニターに応募。

彼と同様に集めれた十二人の被験者たちは、怪しげな地下の実験施設に七日間、閉じ込められることになった。


インシテミル (文春文庫)



基本的に、ミステリ小説の実写化作品はあまり観ないようにしている。


たとえば「ストロベリーナイト」のような警察ものであればともかく、


本格ミステリならなおさらだ。


面白かったためしがない。


ミステリ小説の映像化で史上最悪の失敗と言えば、


宮部みゆきさんの「模倣犯」だが、


この「インシテミル」もそれに負けず劣らずの出来だ。


米澤穂信さんが、この作品が、ミステリ小説が好きなら、決して観ないことをお勧めする。




さて、感想ですが。


本格ミステリ好き垂涎の「嵐の孤島」シチュエーションです。

被験者たちが地下施設に入ると、いきなり十二体のインディアン人形がお出迎えしてくれるし。

(と言っても、この人形、減っていったりしないのですけれども)

小説としてどこまで面白いかという評価はさて置くとして(さて置くの?)、


パズラーとしての純度は比較的、高いと思います。

「現実的じゃない」とか「まるでゲームのよう」とか言う批判はこの際、無意味。


だって作者もそれを承知で書いているんだもん。


完全に本格ミステリのパロディ的作品ですよね。


そういう意味じゃ、ある程度、古典的名作を読んでいる人のほうがより楽しめるかもしれません。

(僕は、クリスティやクイーンのような有名どころですら意外に読み残しが多いという中途半端なミステリ読みなので、出典がわからない凶器もいくつかありました)



さて、僕は「嵐の孤島」パターンの作品を読むたびに不満に思っていたことがあります。

作中でもからかい半分に指摘されていますが、


それは「どうしてこいつら、バラバラに行動するんだ?」ってことです。

一人目の被害者は、これはもう仕方がない。


百歩譲って二人目くらいまでは危機感が薄いのもまあ、納得できる。


でも二人殺されたらさすがに「次の被害者を出さないようにしよう」っていうことを考えましょうよ。


一応はそういう提案が出る場合もありますが、


そうすると絶対に「殺人者なんかと一緒にいられないっ!」って叫ぶ馬鹿が出てきて、


うやむやになっちゃうんだよね。

僕だったら、言うこと聞かないヤツはぶっ飛ばしてでも、


ひとかたまりになって動かないようにするけどな(笑)


この作品では強制的にバラバラにされるというルールでそのへんの矛盾は、


すっきり(?)クリアしてくれています。


推理のプロセスも解決もかなりすっきりとしていて、論理に破綻はないように思えます。


本格ミステリのパロディ的作品ではありますが、そのあたりはきっちりと書ききれているかなと感じました。



※このあたりからちょっとだけねたばらしを含みます。



関水サンの「凶器を誤認させるトリック」には僕はすっかり騙されてしまい、お見事、と思いましたし。


しかし一方では、連続殺人の犯人が一人の人間じゃなかったり、


その複数の犯人のうち、何人かはあっという間にわかっちゃったり、

(というより、みんなの目の前で事件が起こるし!)


本格のお約束を破壊しているような部分もあります。



そのあたりの混ぜ加減(?)が絶妙というか微妙というか…ちょっと複雑な感じです。


このへんは好みが分かれるところでしょう。




さて…読後、ちょっとすっきりできない部分がいくつか残りました。

たとえば、この作品のヒロイン的位置づけの須和名祥子嬢。


彼女の正体って…一体、何?


彼女はこの<実験>を終始、冷静な目で観察し続けています。


かなり序盤の段階から、ガードロボットに注目していたりして、


最初からこの<実験>の内容を知っていて、


自分がもっと良い<実験>にするための参考にする目的で参加しているかのような振る舞いです。


でも結城との出会いのシーンなんかを読むとそうは思えないし…。


 うーん…よくわからないなあ。



それからですね、関水サンが二人を殺害する場面ですが。

彼女に与えられた凶器は「罠」だったわけですが…


この「罠」は使用場所が限定されていることと、


結城らが天井の血痕にすぐ気がついたように、


一度使用したら二度は使えないってことがデメリットでしょう。

だからこそ、二人を殺害するためにはほぼ同時に行わなくてはいけなかったのですが、


それってとても難しいことですよね?

そこに関する説得力がもうちょっとほしかったなあ。


作中では「相談でも持ちかけて大迫を部屋の外に出したんでしょう」ってさらりと説明していますが…


なかなかこううまくはいかないと思いますよ。



あと関水サンについて言えば、


彼女が十億必要だった理由や、最後に彼女がナイフを片手に向かった先はどこだったのでしょう。


まあ、これはわざと気を持たせたのでしょうが…。



まあ、そんなわけでいろいろとすっきりしない部分も残ったこの作品でしたが、全体的にはわりと満足でした。一気に読めちゃいましたしね。