「そして誰もいなくなる」 今邑彩 中央公論新社 ★★★ | 水底の本棚

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名門女子校天川学園の百周年記念式典に上演された、高等部演劇部による「そして誰もいなくなった」の舞台上で、最初に服毒死する被害者役の生徒が実際に死亡。上演は中断されたが、その後も演劇部員が芝居の筋書き通りの順序と手段で殺されていく。学園本格ミステリ。


そして誰もいなくなる (中公文庫)



※ねたばらしを含む感想です。未読の方はご注意を。





タイトルからもわかるようにクリスティの「そして誰もいなくなった」をモチーフにした作品。


そこに学園ミステリのエッセンスを加えている。


演劇部による「そして誰もいなくなった」の上演中、


劇中でも服毒死を遂げるマーストン青年役の少女が実際に舞台で死亡。


次々に「そして~」と同じ死に方で少女達が殺されていく。


犯人の意外性はなかなかです。


但し、あまりにも人物描写が甘い。


あ、誤解を招くといけないので断っておきますが、


僕が言っている「人物描写」とは


一般的に言われている「本格推理は人間が描けていない」というものとは全く違いますよ。

ここで言う人物描写は、あくまでも推理小説のための人物描写です。


まず、向坂典子。


彼女は最初、生徒に理解があり、生徒を愛する溌剌とした女性教師として登場します。


しかし、犯人の顔を見せた彼女は、愚かで自分のことしか考えられないただの平凡な女でしかない。


ここが意外性と言えばそうなのかもしれないけど、


それにしてもその豹変ぶりに何の伏線もなく、いささか唐突すぎるように思いました。


次に主犯格の松木。


彼のひとり娘が二番目の犠牲者(本当は自殺だが)になったときの描写は苦笑を禁じ得ません。


死体が発見され、それを知らされた彼はとりあえず、焦り、嘆く様子を見せるしかない。


だがそのときの描写が……


「混乱したような顔で」「話が飲み込めたような顔になった」「不安そうに」「茫然としたように」「ぎょっとしたように」…。

 彼の描写はすべて「ナニナニのように」になっているのです。


そりゃ、娘の死体を外に運び出したのは本人ですから、


ここで「混乱した」「茫然とした」って書いたらアンフェア極まりないわけですが、


ちょっと勘の良い読者ならここで描写の極端な変化に気づきますよ。


幸い、僕はそういう注意深い読者ではないのでまったく考えませんでしたが、


もうちょっとうまく書くことはできなかったのでしょうか。


あと、読者に対するダミーの犯人である高城教師。


彼をもうちょっと怪しげな感じにしておいても良かったのでは。


いっそ、いかにも犯人風に描写してみる、とかもアリだったかもしれないですね。


最後に…刑事と先輩刑事の娘のロマンスや、


その先輩刑事の裁かれない犯罪と江田島小雪の関係なんかは不要だったような気がします。


二転三転の面白さを狙ったのかもしれませんが、少々しつこかったような…。