補助教員の谷村梢小学校四年生の中尾文吾が自宅で襲われた。
補助教員の谷村梢は文吾から、スーパーで教師の万引きを目撃したと聞いていた。
だが襲われる直前、梢の名前を呼ぶ声を近所の人が聞いていたという。
疑惑の目を向けられた梢は……。「日常の謎」を描く珠玉のミステリー集。
【収録作品】「波形の声」「準備室」「蚊」「黒白の暦」「ハガニアの霧」「宿敵」「わけありの街」
長岡弘樹ほど、短編が巧い作家はそうはいないと思う。
「傍聞き」で第61回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した実力は伊達ではない。
その物語にはホントに過不足がない。
ミステリの短編とはこうやって書くのだという教科書のような出来映え。
ミステリには多少壊れたところがあるのも、場合によってはアリで、そういう意味では優等生すぎて面白味に欠けるという気もするのだが……これはさすがに、ないものねだりの難癖というものだろう。
「波形の声」
学園ミステリなのだが、キャラクターの描きかたが巧い。
短いストーリーの中で、
主人公の先生、ちょっと嫌な同僚の先生、気持ちが優しいいじめられっ子、根は悪いヤツじゃないいじめっ子など、
ちょっとステロタイプかなとも思うけれど、感情移入できるレベルで見事に描いている。
そのキャラクターに支えられた、ハートフルなエンディング。
伏線もしっかり効いていて、本当に完璧なつくりの短編だと思う。
「宿敵」
価値観は健康で長生き。
学歴でもなく、会社での地位でもなく、財産でもなく、
どれだけ健康で暮らせるかがその町では老人のステイタスになっている…らしい。
そんなわけで、向かいの家の同じ歳の老人と張り合って、かなり無理をして車の運転を続けている欣一。嫁に危ないからやめろ、と言われながらも、先にリタイアするわけにはいかない……。
そんな老人同士の意地の張り合いが迎える結末は…ちょっと皮肉。
まあ、若かろうが年寄りだろうが、男は所詮、女性の手のひらの上で踊るものと相場が決まっているらしい。
「わけありの街」
通り魔に息子を殺された老女。
捜査開始から一か月以上経っても進展はなく、迷宮入りの可能性も出てきたころ、老女は情報提供者に懸賞金を出すなど、独自の捜査をはじめる。
捜査妨害にもなりかねない彼女の行為を苦々しく思う捜査陣だが……彼女の行動には誰も想像ができなかった隠された理由があった。
伏線がシンプルなので割合、彼女の狙いはわかりやすいのだが。
それとは別に、息子が殺される前にたった一日で体重を2キロ落としていたという謎がけっこう気になったりする。
「暗闇の蚊」
長岡弘樹にはちょっとめずらしい(全然ないわけではないが)、シニカルなオチ。
年上の女性にあこがれる渉。
渉の母親は、向かいのマンションに暮らす年上の美女のことを「横領事件を起こして逃亡中の犯人」ではないかと訝しんでいるが、彼女の魅力にまいってしまっている渉はそれを否定する。
伏線の張り方や、小道具の使い方が本当に巧い。
モスキート音をそういうふうに使うんだねえ。
「黒白の暦」
部長と次長をつとめるベテラン女性社員。
彼女たちは戦友でありながら、強烈な対抗意識を持つライバルでもある。
そんな二人が大型の取引を成立させるべく、接待の釣りに出かけるのだが……。
これもまた長岡弘樹らしいハートウォーミングなラスト。
日常の謎系ミステリという意味では、僕はこれが一番好きかもしれない。
なんというか、どれもこれもレベルが高くて本当にびっくりする。
「準備室」
村役場から県庁に出向している二人。
上司は、漫画にでも出てきそうな典型的なエリートでイヤミな社員。
その上司はいじめで息子が自殺未遂をおこしているが、二人の娘はとても良くできた子たちでその点では上司にも優越感を持てている。
その娘たちが職場見学に訪れるその日に、上司に叱責されても仕方がないような凡ミスを犯してしまうのだが……。
あんまり後味は良くない。
ちょっと良さげな終わり方になっているような感じもするが……あんまりなあ。
「ハガニアの霧」
誰が読んでも、この誘拐がまともなものだとは思わないだろう。
問題は、狂言誘拐を仕組んだ動機。
父親に対する復讐ではない。
自分を認めてほしいという歪んだアピールでもない。
さて、それでは?