「あした天気にしておくれ」 岡嶋二人 講談社 ★★★★ | 水底の本棚

水底の本棚

しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

今週はまた半ば頃に、雪が降るかもしれないんですね。


雪はキレイだし、東京ではあまりたくさん見ることはできないから、


ただ見ているだけならけっこううれしい。


でも。

やっぱり雪だと売上落ちるんだよな……。


そんなわけで。

日本中の本屋の気持ちを代弁したタイトルのこの一冊。




あした天気にしておくれ (講談社文庫)




競馬界を舞台にしたミステリの最高傑作。北海道で三億二千万円のサラブレッド「セシア」が盗まれた。
脅迫状が届き「我々はセシアを誘拐した」で始まる文面は、身代金として二億円を要求してきていた。
衆人環視のなかで、思いもかけぬ見事な方法で大金が奪われる。鮮やかなトリックが冴えるミステリ。


なんでこんなタイトルなのかはよくわからない。


井上夢人のエッセイ「おかしな二人」でも、タイトルの意味は書かれていない。


本人たちもあまり深い意味があって付けてはいないようだ。


本作は第27回江戸川乱歩賞の候補作となり、トリックに類似作品があるという理由で落選したものが上梓されたのだそうだ。


その類似した作品というのは夏樹静子の「五千万円すった男」という短編だそうだが、僕はその作品は未読である。


だからこのトリックに触れたのは、本作が初めて。はっきり言って、かなり盲点をつかれた感じで驚いた。


今の馬券購入のシステムではこのトリックは実現不可能だが、本作が発表された当時は十分に現実味のあるものだっただろう。


トリックの見せ方も絶妙だ。
このトリックを話のメインにして描いていこうとしたら、夏樹静子氏の作品がそうであるように、普通は短編にしかならないと思う。


岡嶋二人さんはそのトリックに、三億二千万のサラブレッドの誘拐事件というエッセンスを加えて長編に仕立て上げた。

その料理の仕方を考えただけでも、類似のトリックがあるからと言って落選させるのは間違いだったと思う。


稀に、トリックそのものが素晴らしくて、それだけで十分な小説もあるけれど、


基本的には、ミステリはトリックが優れているだけでは絶対に面白くはならない。


そのトリックをどう使い、どう見せるか。逆にどう隠すか。

それこそが、ミステリ小説がただのクイズと違うところだ。


そういう観点から言って、本作は「トリックに前例があるから」という理由で落選させられるような作品ではない。


この落選で岡嶋二人さんが、小説を書くことを諦めなくてよかったと思う。


そうなっていたらミステリ界の損失だったよ、本当に。