「ペテロの葬列」 宮部みゆき 集英社 ★★★★☆ | 水底の本棚

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日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

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本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

「誰か」「名もなき毒」に続く杉村三郎シリーズ、待望の第3弾。
今多コンツェルン会長室直属のグループ広報室に勤める杉村三郎が主人公の現代ミステリー。
杉村はある日、拳銃を持った老人によるバスジャックに遭遇。

警察の突入そして突然の拳銃の暴発で犯人は死亡、人質は全員無事に救出され、3時間ほどであっけなく事件は解決したかに見えたのだが―。
しかし、そこからが本当の謎の始まりだった。

そのバスに乗り合わせた乗客・運転手のもとに、ある日、死んでしまった犯人から慰謝料が届く。
そしてそれを受け取った元人質たちにもさまざまな心の揺れが訪れる。警察に届けるべきなのか? それとも・・・?
事件の真の動機の裏側には、そして人間の本質に潜む闇が隠されていた。



ペテロの葬列



※ほんの少しだけねたばらしあり。できれば未読の方は読まずにいてください。





デビュー作もしくは初期作品が一番面白いという作家さんは多い。


たとえば、有栖川有栖さんで言えば僕のベストワンは「月光ゲーム」か「孤島パズル」だ。

綾辻行人さんで言っても、「十角館の殺人」がまず挙がる。


そのあとに続く作品群が面白くないわけじゃないけれど……それでもベストワンを挙げろと言えば、デビュー作が挙がるという作家さんは多い。


多作であればあるほどその傾向は顕著で、ある程度のレベルの作品であれば努力で生み出せるかもしれないけれど、一定水準を超えた作品をいくつもいくつも書くことは、誰にでもできることではない。


その数少ない例外が、ミヤベさんだと思う。


この人は、何年経っても、何作書いても、作品の質を落とさない。


まるで「火車」を読んだときと同じような面白さをいつも与えてくれる。


この作品、「ペテロの葬列」も同じだ。


バスジャック事件からはじまって、同僚のセクハラ事件、故・北見一郎探偵の相談者(友人?)が巻き込まれた殺人事件、高度成長期にあったSTという非人道的なトレーニング、巨大詐欺事件、バスジャック犯から送られてきた慰謝料、そして再び、バスジャック事件。


悪は伝染する。


一度、芽吹いた悪意は形を変えてもずっと残るし、そこに触れた人は望むと望まないに限らず、悪をまき散らす媒介者になってしまう。

作中で、「入口では被害者だったけど、出口では加害者になっていた」というような表現があったが、言い得て妙だと思う。

騙された人間が、今度は別の人間を騙そうとする。

そうやって、悪は伝染していくのだ。


怒涛の展開でページをめくる手がまったく止まらなかった。

700ページ近いハードカバーを一気読みさせる力のある作品など、そうはない。


最後は何とも切ない結末。

実は、杉村三郎のことを僕はあまり好きではないのだけれど、それでもやっぱり。


彼を今後、北見探偵の後釜としてシリーズの中で動かしていくためだけに、今多コンツェルンから離れさせたのだとしたら……怒りますよ、ミヤベさん!

確かに、探偵でもない限り何度も事件に巻き込まれるのはリアリティに欠けるかもしれないけれど……でも、フツー私立探偵だって事件になんか巻き込まれたりはしないもんだからな。

どっちにしたって、リアリティはないし、それについて「リアルじゃない」なんて文句をつける読者はいない。


まあ、今後については楽しみに待つとしよう。


ところで、僕は杉村を好きではないと書いたが、それは彼がどうしようもない甘ちゃんに思えているからだ。

今回はやむなく事件に巻き込まれた形だが、前作も前々作も、誰が望んだわけでもないのに(むしろ、そうしないでくれと望んでいる人がいたのに)、事件の真相を暴きだし、人を傷つける。


隠すこと、嘘をつくこと、真実に頬っかむりをすることは決して誉められたことではないかもしれないが、何の関係もない(損得もない)第三者が、自分は何一つ傷つかないところにいて、人が隠したがっていることをわざわざ暴き出すことは、卑怯だと僕は思った。


今回だってそれはたいして変わらない。

暮木老人のことを暴き立てて、それで誰か幸せになったのかよ?

自分自身も含めて、何か意味があったのか?

家族をほっ放りだして、東奔西走し、その結果、何が残った?


自分も周囲の人間もずたずたに傷ついただけじゃないか。


僕には、杉村は野次馬根性丸出しの、ただの甘ちゃんにしか思えない。だからどうしても好きになれない。

(そういう意味では、お姫様としてしか生きられない菜穂子とはお似合いだったのだが)

自分のしたことが許せなくてどうしていいかもわからなくなって、バスジャックなどやらかしてしまった坂本君のほうが、いっそマシだという気すらする。


彼は、次回作でもしかしたら探偵として読者の前に再登場するのかもしれない。


でも、僕は、杉村ほど探偵を職業としてはいけない人間もいないと思う。

彼に、そんな資格は、ない。


なんだか最後は杉村の悪口で終わってしまったね……次回作が楽しみであるという気持ちに嘘はないのだけれど。