「文福茶釜」 黒川博行 文藝春秋 ★★★★ | 水底の本棚

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古美術でひと儲けをたくらむ男たちの騙しあいに容赦はない。入札目録の図版さしかえ、水墨画を薄く剥いで二枚にする相剥本、ブロンズ彫像の分割線のチェック、あらゆる手段を用いて贋作づくりに励む男たちの姿は、ある種感動的ともいえる。古美術ミステリ。



文福茶釜 (文春文庫)



※若干、ねたばらしあり。未読の方はご注意を。


美術品の真贋を評価するということは、それ自体が推理小説のようなものだ。


美術品の過去を洗い出し、由来を調べ、そしてその品そのものの瑕疵を目を皿のようにして調べ上げる。
美術界が推理小説の舞台になることは当然とも言えるのだ。

だが残念なことに、美術がテーマになっているミステリの秀作には僕はあまり出会っていない。

(漫画では細野不二彦の「ギャラリーフェイク」があるが)

そんな中でもこの連作短編集は本当に面白いと思う。

美術ミステリのベストワンと言ってもいい。(僕調べ)


「山居静観」では「相剥本」がテーマになっている。

してやったり、の主人公・佐保であるが、思いもよらぬ大どんでん返しが待ち受けていて愉快だ。


「宗林寂秋」「永遠縹渺」は、それぞれ茶道具、ブロンズ像でひと儲けを企んだところが、贋作を掴まされて大失敗するというお話。

目利きのはずの主人公が「震災でブロンズ像すら欠けたのになぜ石膏像が無事だったのかわからない」と素人同然の娘に指摘されるまで、気づかなかったというところがとても面白い。

人間は欲に目が眩むと当たり前のことすらわからなくなるという好例だ。


「文福茶釜」は漫画の原画が扱われる。

「漫画も芸術作品と同じ価値があって当然」というセリフが作中に出てくるが、まったく同感。

漫画も、絵画や彫刻に負けぬ労力と精神の消費をもって紡ぎ出されているのだから。

下手な絵画なんかより、よっぽど心打つイラストだってあるし。


「色絵祥瑞」は美術世界のまさに暗部が表現されているという感じ。

ストーリーは単調だが、ドキュメントのような面白さがある。



全編を通じて、黒川博行の専門知識には驚かされる。


本人は京都市立芸術大学の彫刻科を卒業しているとのことだから、まさに得意分野なのだろう。

こういった専門知識が要求されるから、この分野をテーマに挙げる作家が少ないのだろうか。

残念なことである。


面白い美術ミステリがあったらぜひ紹介してほしい。