「妃は船を沈める」 有栖川有栖 光文社 ★★★★ | 水底の本棚

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本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

所有者の願い事を3つだけ叶えてくれる「猿の手」。

<妃>と綽名される女と、彼女のまわりに集う男たち。

危うく不穏な揺り籠に抱かれて、彼らの船はどこへ向かうのだろう。
何を願って眠るのだろう。


妃は船を沈める (光文社文庫)


※ねたばらしを含みます。未読の方はご注意を。


ふたつの中編が収録されている。
しかし、作者はこのふたつの中編の間にちょっとした幕間の物語をはさみこみ、これをひとつの長編とした。


第一部「猿の左手」は、ウィリアム・W・ジェイコブズの怪奇短編「猿の手」をモチーフとした物語。

僕は多くのミステリファンの例に漏れずこの名作短編を読んでいるが、作中で火村英生が語るような新解釈はまったく思いつかなかった。

単純に、物語の中に姿を現さなかった「生き還った」息子を想像し、恐怖した。

火村准教授の「この物語に超常現象はまったく描かれていない」という解釈は面白いし、もしかしたらジェイコブズはこういう解釈を作品の裏に隠していたのかもしれないと本気で思った。


いつかどこかで読者のうちの誰かが自分の真意に気がついてくれる。

そんな風に想像してクスクス笑いながら筆を置いたのかもしれない。
でも、まさか自分がこっそりと埋めた宝物を掘り出したのが極東の島国のミステリ作家で、しかもそれを元に別の物語に仕立てあげるというところまでは想像しなかったに違いない。


「猿の手」を元に書かれたミステリは……まあ、普通に読んでしまえば、単なる「顔のない死体」モノのヴァリエーションに過ぎない。


人物の入れ替わりが起こる前に偶然、その人物の歯型が歯科に記録されていたというのはご都合主義が過ぎるような気がするし、結末そのものもありふれていると言えばありふれている。
けれど、「猿の手」という名作と絡めれば、そして妃という綽名を持つ風変わりな女性をこの物語の中心に据えれば、物語はありふれたものではなくなる。


第二部「残酷な揺り籠」


第一部で若い男をはべらして妃のように振舞っていた女性は、まったく別の幸せを手に入れていた。

彼女の人生は「猿の手」によってもたらされた幸運で、順風満帆のように見えた。
もし火村英生という男と出会わなければ、彼女の幸せは永遠に続いたかもしれない。

してみると、火村は彼女にとって「猿の手」のもたらした呪いそのものなのかもしれない。
こんなこと火村に言ったら、きっと嫌な顔をするだろうけれど。


火村は「犯行現場の窓が割れていた」というその一点だけを持ってして、犯人たり得る人物はたった一人しかいないという結論にたどり着く。

このあたり、「割れたスイス時計の風防」と「持ち去られた被害者のスイス時計」という2つの条件だけで犯人を浮かび上がらせた「スイス時計の謎」に通じるものがある。

こういう純粋なパズラーは僕はけっこう好きである。

論理の遊びに過ぎないと非難する人もいるし、小説はパズルではないと眉根をしかめる人もいるだろう。
でも、論理の世界に遊ぶのが本格ミステリというものだ。僕はいいと思う。