森島巧は公立小学校で音楽の臨時講師として働く23歳だ。音楽家の親の影響で音大を卒業するも、流されるように教員の道に進んでしまう。
腰掛け気分で働いていた森島だが、学校で起こる予想外のトラブルに巻き込まれていく。
モンスターペアレント、いじめ、無気力教師、学級崩壊…さまざまな問題にぶつかり、手探りで解決していく中で、彼が見つけた真実とは?曇りがちな私たちの心を晴れやかにする珠玉の青春ミステリ。
「いわゆる日常の謎?」
「そうだね。アルバイトの新米音楽教師と、彼が受け持つ生徒たちの間で起こる事件を解決していく、ハートウォーミングな連作ミステリ」
「なんか、安易じゃない? 学校を舞台にした日常の謎系ミステリっていくらでもあるよね」
「それは確かに事実だな。僕も本作をそういう十把一からげの作品のひとつだと思っていたから、しばらくは積ん読にしていたくらいだ」
「お? ということはこれはそういう作品じゃないと?」
「もちろん、そういう一面もある。でもさ、そういう『ひと山いくら』みたいな連作短編集はたいてい、ミステリとしての面白さが希薄なんだ。なんとなくいい話とか、ちょっとハートウォーミングなオチばかりが強調されていて、ただの青春小説とか、ただの恋愛小説と変わらない」
「そういう作品多いよね。これミステリを名乗る意味あるかな、っていうやつ」
「ミステリを名乗る資格がないというのではなく、ミステリにする必要が感じられない作品な。
でも、本作はそうじゃない。ミステリとして面白いんだ」
「謎が魅力的ってこと?」
「そうかもな。『なぜ放火をしたのか』『なぜ亀は盗まれたのか』『なぜ歌をわざと下手に歌うのか』『別れた妻を見張っているのはなぜか』……など、主人公の新米教師・森島と一緒につい頭を悩ませてしまう。
読んでいると、まるで物語の中の生徒たちが自分の生徒たちのように思えてくるよ」
「そして、それらの謎には合理的な解決がついてくる?」
「そうそう。それが大事だな、ミステリとしては」
「ミステリとして優秀なのはわかったけど、小説としてはどうなの?」
「抜群と言っていいね。とにかく人物がしっかり描けている。主人公の森島は当然としても、同僚の教師たちや、森島が『小さな悪魔』と評する生徒たちの造形が本当にしっかりしている。人物が活き活きと描けているからこそ、学校が舞台である必然性もあるってものだよ。キャラクターに個性あるから、学校のようにたくさんの人がいる場所を舞台に物語を展開することができるんだ」
「学校がリアルに描けている?」
「うーん。リアルっていう意味ではどうだろうな。
森島みたいな熱くて、でもさわやかな教師なんて、たぶんいないしな。いたら気持ち悪いかもしらんし(笑)
生徒たちだってちょっと大人っぽすぎる気がするし」
「小説に出てくる小学生ってたいてい大人みたいな口のきき方するよね。まあ仕方ないんだろうけど」
「でもさ、リアルっていうのと『現実的』っていうのは違う。小説は『学校あるある』じゃないんだから。
こんな学校あるよな、ではなく、こんな学校ありそう、とかこんな学校あったらいいな、でいいんだよ。
そういう説得力が小説における『リアル』ってことだ」
「ふうん、なるほどね。そしてこの小説にはそれがあるってことだ」
「うん。こういうのは、センスだ。伊岡瞬にはそういうセンスがある。
学校っていうのは誰でもよく知っている場所だから特別な取材や下調べなしに小説に書くことができる。
だから、小説の舞台にされることがとても多い。そのぶん、何か際立った特徴がないとすぐに忘れられちゃうような平々凡々とした作品になってしまう。
この作品はそういうのとはちょっと違うよ。ちょっとだけだけど、そのちょっとだけ、が大事なんだ」