テニスコートで、ナイフで刺された男の死体が発見された。
コートには内側から鍵が掛かり、周囲には高さ四メートルの金網が。犯人が内側から鍵をかけ、わざわざ金網をよじのぼって逃げた!? そんなバカな!
不可解な事件の真相を、名探偵・十川一人が鮮やかに解明する。(表題作)
謎解きの楽しさとゆるーいユーモアがたっぷり詰め込まれた、デビュー作を含む初期傑作五編。
「中途半端な密室」
密室じゃないんですよ。
だってただの金網ですからね。上、おもいっきり空いてるんだもん。
まあ、そうは言っても、「犯人が被害者を殺害した後、内側から鍵を掛けてその後、金網をよじのぼって脱出する」って……十分、不可解だよな。
だって、意味ないもん。
謎そのものは軽いもの(殺人は軽くはないが)とは言え、その解明のロジックは非常に論理的。
まさに本格ミステリのお手本のような作品。
それもそのはず、この作品は東川篤哉のデビュー作で、鮎川哲也が選者をつとめていた「本格推理⑧」に編まれたものだから。
掌編だけど、読み応えは十分。
「南の島の殺人」
トリックはまあ…普通なんですが、その活かし方が面白いですね。
そのトリックを埋没させるために、さらに大きなトリック(というか隠し事)を仕掛けるという……。
ええい。
ねたばらし無しだと感想も書きづらいわ。
ここから少し、ねたばらしするよ。
犯行時刻が限定されてしまうのを防ぐため、火山灰が降り積もった死体の服を脱がせ全裸にする。
そして、死体に降り積もったものが「火山灰」であることを隠蔽するために、そこが「桜島」であることを隠す。
叙述ミステリの一種なのですが、叙述トリックは読者に仕掛けられるのと同時に、この物語を読んでいる(物語は手紙として書かれているので)登場人物ふたりにも仕掛けられているのです。
有栖川有栖さんが「叙述トリックは読者には驚きでも登場人物には自明の理であることが多く、トリックが明らかになったとき驚くのが読者だけ、というのが不満」と自作の中で述べている。
しかし、このシチュエーションなら有栖川有栖さんの不満も解消される。
お見事です。
「竹と死体と」
とある作家の、とあるミステリで、ある殺人事件が起こる。
有名な歴史上人物が殺人事件の犯人であることが判明した瞬間に、犯人が使ったトリックが明らかになる。
ねたばらしをしたくないので、わけがわからん書き方になってしまったのだけれども。
何が書きたいかと言うと、この物語も同じパターンだということ。
事件が起きたのが、ある歴史的重大事件が起きたのと同じ日だとわかった瞬間に、事件の謎が解けるという、その構造が同じなのですよね。
面白いです。こういうの大好き。
「十年の密室・十分の消失」
建物消失事件です。
ほんの十分くらいの間に、さっきまであった丸太小屋がひとつ、まるっと消えます。
それも、十年前に密室殺人(?)が起こったいわくつきの丸太小屋が消えるのです。
トリックがなあ……大掛かりすぎて、「金田一少年の事件簿」みたい。
理論的には不可能じゃないだろうけど、実行するのは現実的に無理だよねこれ。
現実のマジックでも「人間消失」となると大がかりな機械仕掛が施されていることが多いのですが、個人的にはそういうのはあまり好きじゃないですね。
「えっそんな簡単なことで!」というくらい単純な仕掛けで大きな効果を生むトリックが好きです。
「有馬記念の冒険」
アリバイトリックです。
長編デビュー作「密室の鍵貸します」と類似したトリックが使用されているので、東川篤哉ファンならかなり早い段階でトリックが解るかもしれないですね。