そのめざましい活躍から、1980年代には「新本格ブーム」までを招来した名探偵・屋敷啓次郎。
行く先々で事件に遭遇するものの、ほぼ10割の解決率を誇っていた。
しかし時は過ぎて現代、かつてのヒーローは老い、ひっそりと暮らす屋敷のもとを元相棒が訪ねてくる……。
資産家一家に届いた脅迫状の謎をめぐり、アイドル探偵として今をときめく蜜柑花子と対決しようとの誘いだった。
人里離れた別荘で巻き起こる密室殺人、さらにその後の屋敷の姿を迫真の筆致で描いた本格長編。
第23回鮎川哲也賞受賞作品です。
11月に予定されている同賞の受賞式前に、東京創元社さんに送っていただきました。
このパーティは東京創元社で作品を発表されている先生方が一同に会する超・豪華絢爛のパーティで……正直、昨年はじめて出席させていただいたときには、もう……!
冗談ではなく、うれしさで倒れるかと思った。
人は喜びで気が遠くなることがあるのだなあと実感。
先生方はみなさん、名札をつけてくださっているので、お顔を存じ上げない先生方でもわかる。
あっちにも、こっちにも知った名前が。
っていうか、知った名前しかいねえ!
しかも作家さん以外の人たちは各出版社や有名書店チェーンの取締役クラスばっかり。
こうなるともう、僕なんぞ神様たちの饗宴に紛れ込んでしまった虫けらのようなものですよ。
有栖川有栖先生や北村薫先生たちとテーブルをご一緒させていただきましたが、緊張で、何をしゃべったかわからねー。
何度かウチのお店に来てくださってる久世番子先生がいらっしゃって、なんだかほっとしてみたり。
(いや、久世番子先生だって本来、十分、緊張する相手だから)
今年もあの夢みたいな時間がもうすぐくるんだなーと思うと、今からもう……本当に……!
……えー閑話休題。とりあえず落ち着け。
パーティは11月だから。
さて、受賞作の感想です。
※一部メイントリックの内容に言及している部分があります。未読の方はご注意を。
「名探偵」という概念を物語の中央に据えて、それを柱として事件を描いています。
かつて名探偵であった屋敷も、現在のナンバーワン名探偵である蜜柑ちゃんも、個性的に描けていて、非常に筆の立つ作家だなと思いました。
巧い、と唸らせるほどの筆力はないけれど、少なくとも抵抗感なくすいすいと読ませるだけの力はあります。
世界観の説明もウザったくない程度に丁寧でいいですね。
「名探偵」というものが、小説世界を飛び出して現実に存在したならば。
彼らははたして、世間に受け入れられるものなのだろうか。
金田一耕介のような、一風変わった、ある種の変人は、もしかしたら生きていくことすら難しいかもしれない。
小説世界ではおおいに持て囃される神のごとき存在である彼らを、現実の僕らの地平に引きずりおろしたら……というのがこの物語なのです。
(そういう意味では、選考委員の北村薫さんがおっしゃるように「鮎川哲也賞」でなければ受け入れ難い作品だったかもしれません)
その試みそのものはとても興味深く、面白かったのですが、肝心のメイントリックが今ひとつ。
別に、前例があるトリックを悪いとは言いませんが……「密室と見せかけた早業殺人」はさすがに使い古され過ぎているのでは?
少しでもいいから、何らかのオリジナリティはほしかったなと思います。
鮎川哲也賞とは、本格ミステリらしいトリックにに真っ向から挑戦した作品であってほしいと僕なんかは思うのですが。
(このあたりは選考委員の辻真先さんも言及されております)
本格ミステリの世界には真っ向から挑戦した作品でした。
でも、本格ミステリのトリックには挑戦してはくれなかったんだなー。
そこが惜しいと思いました。