「しらみつぶしの時計」 法月綸太郎 祥伝社 ★★★ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

すべて異なる時を刻む1440個の時計……その中から唯一正確な時計を探し出せ。
神の命題か、悪魔の謎かけか?
本格ミステリの名手が放つ、驚愕の推理、極限の論理(ロジック)!

無数の時計が配置された不思議な回廊。

その閉ざされた施設の中の時計はすべて、たった一つの例外もなく異なった時を刻んでいた。

すなわち、一分ずつ違った、一日二四時間の時を示す一四四〇個の時計。

正確な時間を示すのは、その中のただ一つ。

夜とも昼とも知れぬ異様な空間から脱出する条件は、六時間以内にその“正しい時計”を見つけ出すことだった。

神の下すがごとき命題に挑む唯一の武器は論理(ロジック)。

奇跡の解答にはいかにして辿り着けるのか。

極限まで磨かれた宝石のような謎、謎、謎! 名手が放つ本格ミステリ・コレクション!



しらみつぶしの時計 祥伝社文庫



「使用中」
密室(と言ってもトイレだが)の中に被害者、加害者以外の第三者が閉じ込められるという異色作品。
オチはいわゆるリドルストーリー。
火事を知らせるベルが鳴る中、トイレの中に坐して死を待つか。
それとも、殺人鬼が待ち受けるかもしれない外に脱出するか。

うっかり読むと下ネタにも近いオチだし、エリンの「決断の時」のパロディでしかないと思われてしまうかもしれない……が、オチを除いて考えれば、なかなかに興味深いシチュエーションだと思う。
他にもいろんなバリエーションが考えられそう。



「ダブル・プレイ」
交換殺人をさらに一ひねりした作品。
バッティングセンターで知り合った赤の他人同士が、それぞれの叔父と妻を殺害しようと企む倒叙形式のストーリー。
倒叙形式のサスペンスの眼目は、ふつう「どのように犯罪が破綻するか」であるが、この作品の場合、倒叙形式でありながら本格ミステリのようなトリックが仕掛けられている。
交換殺人の場合、お互いに見知らぬ他人であることが必須条件。
そこに、このトリックを仕掛ける余地がある。
本格ミステリ風味のサスペンスとして、とても良くできていると思う。



「素人芸」
こちらも倒叙もの。
妻を殺害した男が、訪ねてきた警察官を出来もしない腹話術で誤魔化すという話。
死んだはずの妻が、声を出すというホラーテイストのストーリーなのだが……オチはなんだかブラックユーモアのような。



「盗まれた手紙」
ディフィー・ヘルマン鍵交換に対する中間者攻撃の手順をミステリに仕立てた秀作。
ディフィー・ヘルマン鍵交換とは、
①ある箱にAがaという錠をかけ、Bに送る
②Bはbという錠をかけ、Aに戻す
③Aはaの錠を外し、Bに再度送る
④Bはbの錠を外し、箱を開ける
という手順により、鍵を相手に送ることなく「秘密」を送ることができるというもの。
こういうロジックは、ほうっとため息が出てしまうくらいに好きだ。これぞ論理、という感じがする。
本作は、この完璧とも思えるロジックを突き崩すテクニックをストーリーに仕立てたもの。
こちらもまた、非常に美しいロジックだ。



「四色問題」
ここで言う四色は、地図を塗りつぶす色ではなく、戦隊ヒーローのカラーのこと。
クロノレッド、クロノイエロー、クロノグリーン、クロノブラック。
さて、クロノブルー(女性)を殺害したのは何色か?
というのが、ここでいう四色問題。
ワンアイディアの短編で、専門知識がなければ解決にはたどり着かない。
被害者の名前なんかも含めて、ちょっと強引だなと思わなくもないが、まあ短編ならこのくらいは許せる範囲か。
これを長編でやられたら、さすがに本を叩きつけたくなるが。



「しらみつぶしの時計」
24時間は1440分。
一分刻みで、まったく異なる時刻を表示している1440個の時計。
その中から、正しい時間を刻んでいる時計を見つけ出すというのが、主人公に課せられたミッション。
オチはちょっと肩すかしの感もあるが、最後の二つまで絞り込む過程は、きわめて論理的。
一度読んでしまえばこの手の作品は再読する必要はなくなってしまうはずなのだが、なぜか何度か読み返している。
それだけ、絞り込みのプロセスが美しいということだろう。



「トゥ・オブ・アス」
「二の悲劇」の原型になった作品である。
基本的には「二の悲劇」を読んでいるのであれば、こちらを読む必要はない。
どうしたって「二の悲劇」の劣化版だと思ってしまうから。
(こっちがオリジナルなのだから決して劣化版などではないのだが)
この短編をもとに「二の悲劇」がどうやって作られたかに興味がある人はぜひ読み比べてみてほしい。