「祈りの幕が下りる時」 東野圭吾 講談社 ★★★☆ | 水底の本棚

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しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

極限まで追いつめられた時、人は何を思うのか。
夢見た舞台を実現させた女性演出家。
彼女を訪ねた幼なじみが、数日後、遺体となって発見された。
偶然、女性演出家の浅居博美と縁があった加賀。
浅居博美の父・忠雄は故人とされていたが、加賀の母が夫・隆正と別れた後に一緒に生活していた相手だったのだ。
だが、その母も既にない。
数々の人生が絡み合う謎に、捜査は混迷を極める。



祈りの幕が下りる時





冒頭に登場する、幸薄い女性が加賀の母親であるとわかったとき、かなり驚いた。
ここで出てくるのか…と。

そして、この物語は、加賀恭一郎にとってひとつの転機となる話だなと思った。
いろんな意味で。


過去と決別をするということは、未来へ歩みを進めるということ。
加賀はこの事件を経て、間違いなく未来へ進むことができたのではないかと。


「卒業」でまだ高校生だった加賀と初めて出会ったのは、いつ頃だったろうか。
あまりよく覚えていない。
ずっと昔すぎて。

でも、ウチにある文庫本が初版だから、僕はおそらく高校生か大学生だったろうと思う。
加賀とたいして年齢は変わらなかったはずだ。


東野圭吾さんの作品がずっと好きで読んでいたけど、最近はちょっとマンネリ化してきたかなという感じがあった。
でも、その中でも加賀恭一郎の物語だけはやっぱり別格だな、と「麒麟の翼」を読んだときに思った。
東野圭吾さんも、加賀を書くときはずっと昔にもどっているのではないかと。



※ここから物語の結末に触れます。未読の方はご注意を。



物語は決してハッピーエンドではない。
逃亡の果てに、離れ離れになった父娘。
父は二人の秘密を守るために、娘の恋人と友人を殺した。
そして、その父も最期は娘の手にかかって死んだ。


もう逃げ続ける、隠れ続けるだけの人生にはつかれたという気持ちは当然かもしれない。
他人の人生を奪って、もう一生、自分の名を名乗ることもなく、息をひそめてじっとしているだけの毎日。
それをもう終わりにしたいというのは……わからなくもない。


東野圭吾の、もっと言えば、加賀恭一郎の物語はいつだってバッドエンドだ。
殺人事件を扱った物語である以上、ハッピーエンドがあり得ないのは必然かもしれない。



でも。
娘が大好きな父親をその手で殺すことが、仕方なかったことだなんて思いたくない。
何も悪いことをしていなかった父娘が、殺人者にならなくてはいけなかったことを必然だとは言いたくない。



未来に向けて歩き出した加賀。
それだけがこの物語の希望だと思った。