「モダンタイムス」 伊坂幸太郎 講談社 ★★★ | 水底の本棚

水底の本棚

しがない書店員である僕が、
日々読んだ本の紹介や感想を徒然なるままに書いていきます。

書店のオシゴトの様子なんかも時々は。
本好きの方、ぜひのぞいてみてください。

検索から、監視が始まる。


「人は知らないものにぶつかった時、何をするか?」

「検索する」

「それ、見張られてんだぞ」

恐妻家のシステムエンジニア・渡辺拓海が請け負った仕事は、ある出会い系サイトの仕様変更だった。

けれどもそのプログラムには不明な点が多く、発注元すら分からない。

そんな中、プロジェクトメンバーの上司や同僚のもとを次々に不幸が襲う。

彼らは皆、ある複数のキーワードを同時に検索していたのだった。







伊坂作品はたいてい二度以上読み返しているのですが、この作品は初読以降一度も読んでいませんでした。


さほど煩雑なストーリーでもないのに、なぜか読み終えた後に「すっきりしない感じ」が残ったという印象が強く、どうも読み返す気がしなかったのです。


この小説は、その「すっきりしない感じ」が特徴のひとつでもあるから、それはまさに作者の狙った通りなんでしょうが……それを好きかと言われれば難しいですね。

そんなわけで再読をためらっていたのですが、文庫化を機にもう一度手に取ってみました。



で、読み終えて。
感想そのものはあまり変わりませんでした。


抽象的で、暗示的で、なんだかよくわからない。そんな印象です。

僕の読解力の低さはさておくとして、作中人物の作家・井坂好太郎が「人生は要約できねぇんだよ」と発言していますが、同じようにこの小説も「こういうテーマなんだよ」とひとつのテーマとして集約して語ることはできないのでしょう。


集約して語れるような小説なんて面白いはずもないしね。


ただ、今回読んでちょっといいなと思ったセリフがありました。
初読のときは何となく読み飛ばしていたのですが。


いいか、小説ってのは、大勢の人間の背中をわーっと押して、動かすようなものじゃねえんだよ。
音楽みてえに、集まったみんなを熱狂させてな、さてそら、みんなで何かをやろうぜ、なんてことはできねえんだ。役割が違う。

小説はな、一人一人の人間の身体に沁みていくだけだ。

「沁みていく?何がどこに?」


読んだ奴のどこか、だろ。じわっと沁みていくんだよ。
人を動かすわけじゃない。ただ、沁みて、溶ける。
  



そうだよねえ。うんうん。
と思わず頷いてしまいたくなりますね。


今まで僕が読んだ本は間違いなく僕のどこかに沁みて溶けている。
良かった本も、良くなかった本も。
絶対に僕を構成する一要素になっている。


だけど音楽はそうじゃない。
僕が音楽よりも本が好きだとかそういう理由ではなく。
「ロックな生き方」はあっても「ロックな人間」はいない。(たぶん)


本は大勢を突き動かしたりしない。
でも、静かにしみこんでいく。


だから本はあんまりたくさんは売れない。
(という売上不振の言い訳を思いついた)


その代り、自分だけの一冊を見つけることもできる。


世界を守ることは難しくても、自分の大切な何かを守ることはできるように。