昔は殺し屋として活躍していたが、酒浸りの生活で身を崩し、警備員の仕事に就いた木村。
妻とは離婚し、息子の渉を一人で育てている。
王子に渉をビルの屋上から突き落とされ、その復讐のために王子と対面しようとする。
その王子は見た目は見るからに健全な優等生然としており、 二重瞼で鼻筋の通った顔立ちは女性に見えるほどの美少年。
だが、圧倒的な知識と独自のネットワークを駆使し、大人を翻弄することに快感を覚える中学生。
二人組の殺し屋、蜜柑と檸檬。長身で容姿が似ているため双子に間違えられるが、血縁関係はなく性格も真反対。
檸檬は機関車のアニメが大好きで、蜜柑は文学好き。
盛岡の有力者・峰岸に依頼され、峰岸の息子を奪還し、彼と身代金を新幹線で運ぶ途中だった。
七尾はやること為すことツキに見放されている殺し屋。
上司の真梨亜が仕事を受け、七尾が実行する、というコンビで活動している。
業界では<天道虫>というあだ名で呼ばれるが、本人はそのあだ名が気に入っていない。
得意技は首折り。蜜柑と檸檬が運ぶトランクを奪うという仕事を請け負う。
この五人がおなじ新幹線に乗り込む。
東京発盛岡着、2時間30分の物語。
「『グラスホッパー』の続編ということだけど」
「まあ一応、角川書店としてはそういう感じで売り出すよね。グラスホッパーはずいぶん売れたし。その続編としたほうが営業的には」
「じゃあ、純粋な続編じゃないわけ?」
「登場人物が重複していたりはするけど」
「それは伊坂作品だったらわりとフツーのことだしね」
「そうそう。『フィッシュストーリー』が『オーデュボンの祈り』や『ラッシュライフ』の続編ではないようにね」
「で、感想は? 暴力的な話は好きじゃなかったよね。『グラスホッパー』の評価もあまり高くなかったはずだけど?」
「うん。正直言って殺伐とした話は好みじゃない。特に暴力シーンが連続するような物語は。
でも本作は殺し屋たちがわらわらと登場するわりにはそういうシーンが少なくて、その点はほっとした。
『グラスホッパー』を読んだときのような不快感はなかったな」
「それはよかった。ところで、梗概を読む限りでは『攻撃者と対象者』のペアが二組いるような感じだね。
『トランクを保持する檸檬と蜜柑』、『それを奪おうとする七尾』でひと組。
『美少年中学生の王子』、『その王子に息子を傷つけられ復讐を目論む木村』でひと組。
この二組のストーリーが並行して語られていくわけ?」
「うーん。まあ、だいたいそんな感じなんだけど。実は檸檬と蜜柑のトランクはかなり序盤で七尾に奪われてしまうし、木村は冒頭で王子の殺害に失敗して逆にあっさり捕まってしまうんだ。そこから、七尾が奪ったトランクを王子が見つけたりして、二組が絶妙に絡んでくる」
「なるほど、なるほど」
「基本的にはこの三人とひと組の視点が交互に入れ替わって物語が描かれていくわけだけど、多視点からストーリーを展開していく巧さはやっぱり伊坂幸太郎さんだよなあと思った」
「一時期、伊坂作品に面白みを感じなくなったとか言ってたけど?」
「そうなんだ。『あるキング』あたりは最悪でね。あれは何が面白いのかいまだにさっぱり理解できない。でも本作はやっぱり伊坂幸太郎さんだなって思えた。テンポの良さとかリーダビリティの高さとか」
「物語は東北新幹線の車中という本当に限定された空間の中だけで展開されるわけだけど、そのあたり、話がちいさくなったりすることはなかったの?」
「それを感じさせないのが、伊坂幸太郎さんの腕というやつでね。
むしろ、閉鎖空間の中に追う側と追われる側がいることで緊迫感が出ている。ページをめくる手が止まらなかったよ」
「ああ、そうか。そういうドキドキは楽しいよね」
「それから時間制限ね」
「時間制限?」
「そうさ。盛岡に到着するまでのタイムリミット、2時間30分。彼らはその間にそれぞれの目的を果たさなければいけない。特に、蜜柑と檸檬の雇い主はその世界では最凶と恐れられる大人物なもんだから、もしミッションに失敗しようものなら何をされるかわからない」
「舞台を新幹線の車中に限定したことでむしろハラハラドキドキが強まって物語に奥行きが出ているわけだね」
「そう。疾走する新幹線のように物語にもスピード感があるんだ。
そして、そのドキドキに伊坂幸太郎さんの作ったキャラクターたちが絶妙にハマっている。緊迫している場面なのにそれを忘れさせられるようなトボけたキャラの七尾が僕はとても気に入ったし、狡猾でまるで悪魔のような王子というキャラクターも逆の意味で目が離せない」
「檸檬と蜜柑というふざけた名前の殺し屋コンビもいい味を出してそうだね」
「未読の人のために詳しくは言わないけど、物語の後半に入ってそこに途中乗車でさらに良い味を出しているコンビが加わる。それから、『グラスホッパー』から引き続き登場している殺し屋たちも脇役とは言え、物語のいろどりになっているんだ」
「なるほど。これはいかにも伊坂作品という感じがするねえ。最近、伊坂作品はちょっと…と思っている人にはお薦めかな?」
「だね。初期のころからのファンにはぜひ読んでほしい一冊だよ」