「正月十一日、鏡殺し」 歌野晶午 講談社社 ★★★★ | 水底の本棚

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正月らしい本を何か紹介したいなと思い、ちょっと考えたのですが、最初に思いついたのはやっぱりタイトルに直接「正月」の文字が入っているこの本。



「正月十一日、鏡殺し」 歌野晶午 (講談社文庫)



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ただねー。

この本ちっとも正月らしくはないんですよね。

なにせ「鏡殺し」だし。人死ぬし。めでたくないし。


とは言え、名作短編集であることは間違いないです。



著者の言葉に「あえて探偵を廃し、あえてトリックを抑え、あえて論理合戦を殺ぎ落とし、絢爛豪華な謎もなく、物語はあくまで日常で、しかし精神は本格。ようこそ、裏本格の世界へ」とありますが、まさにその通りの短編集ですね。



(出版社からの内容紹介)


電波オタクの予備校生が聴いた不思議な隠語「カチカチドリを秋葉原で飛ばせ」の謎(盗聴)、猫マニアの恋人をもつサラリーマンに宿る殺意(猫部屋の亡者)、姑に対する憎しみをエスカレートさせる妻の心理を追う(表題作)等、日常の中に潜む恐怖を描く戦慄の7編。ミステリ最前線を疾走する鬼才の傑作集。



ワンアイディアのショートストーリーである「盗聴」はよくまとまっていて秀逸。



「逃亡者 大河内清秀」はスマートで爽やか。騙されることの快感を教えてくれます。



「猫部屋の亡者」「美神崩壊」はちょっとしたホラー。現実感のあるホラーであるところが一層怖い。



「プラットホームのカオス」は後味の悪さが印象的。



そして何と言ってもこの短編集の白眉は表題作の「正月十一日、鏡殺し」


後味悪いって話をするなら、これほど後味の悪いものはないってくらいです。

ラストに待っている衝撃は、一度読んだら忘れられません。


語り口がも「児童文学風」になっていてそれがより一層の恐怖感を煽ります。


視点を変えて物語を進行する巧さ。この描写方法でなければ、ラストシーンの恐怖感はこれほどではなかったでしょうね。


ミステリで純粋に恐怖感のある小説は少ないです。どれほどに人が惨殺されようとも、べつに怖さはない。だけど、この作品に対しては僕はかなりの恐怖を感じました。しばらく手にとるのも嫌だったくらいで。


とても正月向きではないと思いますが……でも一読の価値がある短編集です。