日本人特有の性格とは思えないんですが…
どーも…自分の責任を誰かに押し付ける事が当たり前な風潮に違和感を覚える今日この頃…
責任転換・誹謗中傷…
その大体の言動や発言…投稿文などを見ると、自分はそういう事をしないという前提で、話や話題にして声高に言い広める人達が居ると思います。
でもそれは単純に同じ気持ちになってないから発言してるだけであって…
必ずしも、正しいような発言をして正論を言ってるという…事にはならないと思うっす。
例えば…
日々家庭や職場でのストレスなどに対する悩みや不安を…
悪い事をしてる人に対して、やり場のないストレスをその対象の人に対して、責任転換をするような発言や書き込みをして、ストレスを発散させる…
そういう行いや言動が、数の理などで正論になっていくというのが正しい行いとは思えない。
それはもう子供とか大人とか、利口だとかの問題ではなくて、単純にその人のストレス発散道具として扱われてる事のように思うっす。
ストレス発散道具という名の対象者がいなくなったら、その人は再び対象者を探して、やり場のないストレスを発散させる道具を探そうとする…
人間として最低で許されない行いではあるが、人間は誰かの上に立つ事で、優越感に浸って自分の価値感や物事の判断を正しい答えの方へと導こうとする…
そんな考えや行いをする人達が居なくなったり、控える事によって、多くの人達が強いストレスを抱えないで、日々平和な生活を送れる気がする…
特定の人に対して悪とみなし、特定の人を対象にして責任転換する人達こそ、立派な犯罪者であって悪の原動力になってる。
一番責任感のある言動や行動をしてるような人達の言葉を奪い、代わりに代弁して発言をするような事は理不尽だ。
……この世には光と影が存在して、共存しあわないといけないという摂理みたいな事象が存在するとの事…
例え話しのような責任転換。
事流れ主義になってしまい、結果的に人を傷つけて死に導くような事は起きてはならないだろうし…
かと言って対象逃れ。
自分の過ちや非…誰かの責任にして逃れるような行いも、やってはいけないですし、受け止めて立ち向かわないといけない時が必ずある。
プラス1でも良いから、マイナスになるような責任転換や対象逃れのような発言を控えて、自分自身で少しでも解決しようという試みが、みんなで出来たら日本は前へ進めるような気がする今日この頃…
とあるTwitterさんの暴言炎上Twitterを見てこの記事を書く事にしました。