ジョン・コルトレーン
 

ジョン・コルトレーンは、「BALLADS」に始まり、「BALLADS」で終わる。
私は、25才位から友人の影響もあって、JAZZを聴き始めたんですよ。
それ以前に聴いた事があるJAZZといえば、せいぜいウェザー・レポート辺りのフュージョンJAZZだった、というね。
それで、JAZZを聴き始めた頃は、何を聴いていたかというと、JAZZの名盤といった処で、コルトレーンの「BALLADS」は、何回もヘビー・リピートして聴いてましたね。
今はどうなっているか分からないけれど、20年以上前の当時、水戸市に「ロックボトム」というマニア向けのカッコ良い中古レコード店があって、そこで「BALLADS」を1700円位で購入しましたね。
当時は、20代後半に入ってくる頃で、ロックを聴いているのは、少しカッコ悪い印象があり、次第にJAZZに傾倒していった記憶がありますね。
JAZZを聴いていくに従って、後から好きになっていったのは、ハードバップやフリージャズといったジャンルですが、私も知命になり、「BALLADS」が心地良く聴こえるようになった次第。
まぁ、最近は、リチャード・クレイダーマンのようなイージー・リスニングまで聴くようになってるけどね(笑)。
昔、「シカゴ音響派を聴きながら」というブログでskksが、コルトレーンの「VILLAGE VANGUARD」の記事を書いていた事があったんですよ。
記事では、シーツオブサウンド(敷き詰めた音)について、言及していた記憶があります。
私のコメントとしては、所持していたCDアルバム4枚、「BALLADS」、「BLUE TRAIN」、「SOUL TRAIN」、「A LOVE SUPREME」を挙げました。
その中で、今、聴く気がするのは、「A LOVE SUPREME」位で、甘く明るい曲が苦手になっている、というコメントを残したんだよなぁ。
それに対するコメントの返信は、JAZZをブラック・ミュージックとして聴くなら、明るさは力強さと捉える事が出来る、とのコメントでしたね。
それ以来、「BALLADS」の私のイメージは、サザンソウルのバラード曲のようなイメージになっていますね。
まぁ、そんな経緯もあってなのか、ヤフーブログのHNそふとましーんという人が、コルトレーンの「A LOVE SUPREME」のレビューで、私の事を示唆しているような、愚弄した事を記事に書いてましたね。
2011年2月頃の話になりますが、ドミューンで野田努、三田格、その他の人が集まって、話をしていた事があったんですよ。
私が、そのドミューンの番組を観始めて少し時間が経過した後、集まっていた人たちが、急に話題を変えて、「嫌いな音楽は何か?」という話を始めたんだよね。
誰かがグリーンデイが嫌いと言って、その後、野田努が菊池成孔が嫌いだと言って、その後、三田格がジョン・コルトレーンが嫌いだと言ったんだよね、確か。
三田格は、ジョン・コルトレーンの「I’m here」な感じが嫌だ、と、その時、言っていた記憶があるんだよね。
しかし・・・、菊池成孔は、私のノンジャンルスタイルのブログでレビューした事があったし、グリーンデイとジョン・コルトレーンは「シカゴ音響派を聴きながら」のブログでコメントした事があったし・・・。
一体、これは、なんという布置(コンステレーション、byユング)なんでしょうか・・・。
又、私がドミューンを暫く観て少し時間が経過したら、野田努が部屋を出て行ってしまい、映像から消えていた時間帯があった記憶がありますね。
それ以外でも、私がドミューンを観始めて暫くしたら、急に番組の音量が大きくなった事もありますね。
野田努は、その時、「音量を下げて」とスタッフに言ってましたけどね。
ユングが生存していたら、この現象を何と言うんでしょうかね。私と野田努のシンクロニシティーなんでしょうかね。
まぁ、とにかく、秋になった事だし、ジョン・コルトレーンのバラード曲が心に沁みる、といった処ですね。

(2025/10/11)