ユーモラスな実際の体験談の歴史
東海中学校2年、宿泊学習、バスの車内
それは、東海中学校2年生の頃、宿泊学習でバスに乗っていた時の話である。
バスの車内で私の隣に座っていたのは、インド人と同レベルで元から肌の色が黒いY君であった。
乗車して暫くしてから、Y君は、スポーツバッグからピーナッツチョコの袋を取り出して、「これ、美味し~い」と言いながら、私の隣で、ピーナッツチョコを食べ始めたのであった。
その時、ピーナッツチョコは表面がドロドロに溶けた状態になっていて、Y君の指とピーナッツチョコは、手の色と同化して、一体化していたのであった。
豊岡海岸、カップラーメンの自販機
それは、私が東海中学校3年生の夏休みの頃の話である。
私とS君とO君の3人で、日立市の久慈浜海岸に、自転車で3人で海水浴に行った後、帰宅途中で、私は、無性に豊岡海岸にある自販機のカップラーメンが食べたくなったのである。
それは、私の以前からの念願であり、昔(小学生の頃)、佐和(ひたちなか市)のプールがある施設に設置してあったカップラーメン(カップスター)の自販機を見て以来、私は、水泳後のカップラーメンに憧れを抱いていたのであった。
その日、帰宅途中に、私は、O君とS君に、「帰りにカップラーメン食べていい?」と訊いていたのだが、2人は「はぁ?」と返事をしただけで、それ以上は話さなかったのであった。
そして、私は、帰宅途中に豊岡海岸の近くにある自販機のカップラーメンの前に、自転車を停めて、カップラーメンを購入しようとしていたのだが、私以外の2人は、その前にある信号を渡り、道路の反対側に進んでしまっていたのであった。
私は、「俺、カップラーメンを食べるから、先に帰っていいよ」と大声で2人に話したのだが、2人は、自転車を停めて、私の事を待っていたのであった。
私は、後ろめたい思いをしながらも、自販機の日清カップヌードル、カレー味を購入し、お湯を入れて、3分間待って、カップヌードルを食べ始めたのであった。
そして、2人に再び、「俺、カップラーメンを食べるから、先に帰っていいよ」と大声で2人に話したのだが、2人は、自転車を停めて、道路の反対側で、ずっと私の事を待っていたのであった。
私は、なるべく急いでカップヌードル、カレー味を食べたのだが、海水浴後の身体が冷えた状態で食べるカップヌードルは、予想していた以上に美味しくて、私は、甚く感動していたのであった。
そして、カップヌードルを完食した後、信号を渡り、2人に待たせた事を謝罪したのだが、S君には「お前、何、カップラーメンなんか食べてるんだよ」と怒られ、O君にも「しかも、カレー味を食べてるし」と怒られる始末であった。
2人が私を待っていた理由は、S君とO君は、そんなに仲が良い訳では無く、2人だけになると会話が難しいという理由があったのだろうし、後から振り返れば、何でそんなにカップラーメンが食べたかったのか、と思うけれど、やはり、私にとっては、それだけの引力が有ったのだ、と思うのである。
アーリーズバード(ピザ店)、巨大な蛾
私は、19~20才の頃、東海村にあるアーリーズバードというピザ宅配のチェーン店でアルバイトをしていて、その頃の話である。
休日、昼の忙しい時間帯を終えて、同じアルバイトで働いているTさん(女性、同級生)は、店内で、仕込みの作業をしていて、玉葱を刻んでいたのである。
私は、Tさんの背中側から2メートル位、離れた位置に居たのだが、その時、店内に10センチ位ある巨大な蛾が侵入して、Tさんの背中に止まったのである。
私は、Tさんの背中に止まった巨大な蛾をずっと観察していたのだが、Tさんは蛾の存在には気付かずに、私の視線に気付いて、時折、後ろを振り返りながら、私の視線をずっと気にしていたのである。
1分後位に、巨大な蛾はTさんの背中から、飛び去っていったが、私は、背中に蛾が止まっていた事に関して、その後も一切、Tさんに話さなかったのであった。
派遣会社、F君の体験談
私が21才の頃、日立製作所勝田工場の休憩所で、同じ派遣会社(フジスタッフ)のF君が話していた体験談である。
F君「斉藤自工(大型中古自動車店)のディスカウントコーナーと書いてある大型の広告パネル、小さいイの部分が剥がれ落ちて、デスカウントコーナーになってた事があったよ。」
N君「死のカウントダウン・・・」(私とN君、爆笑する。)
HP制作の仕事の面接
2000年頃、ハローワークの求人票で、HP制作の仕事を募集していた会社があって、その面接の時の話である。
私はその会社に電話して、社長に「私はC言語が出来ます」と話したのだが、「C言語? それは何処の国の言語なんだ~!」と社長に怒られたのであった。
その後、私は「ジャバスクリプトも出来ます」と話したのだが、「君の言ってる事は、全く意味が分からない!」と、社長に再び怒られたのであった。
そして、実際に面接に行ってみると、その会社はネット販売を行っている会社であり、既にHP制作の仕事をしている社員が居るようであった。
私は、面接で電話と同様の話をして、再び社長に同様に怒られたのだが、一体この会社は何の募集をしているのか分からないし、既に働いている社員もどうやって面接が通ったのか謎であった。
花屋の生花
私は、20代後半の頃、花屋で、冬休みの期間限定のアルバイトをしていて、その頃の話である。
私は、IT系の会社を退職した後、求職の期間中に、派遣会社のスポットの仕事などをしていて、冬休みは、常陸太田市にある市役所の近くの花屋でアルバイトをしていたのであった。
或る日、店内の作業場で、私と店長(恐らく50代)と2人だけになり、店長は、「其処に立って見ていろ」と私に言った後、菊の花を1本ずつ挿す葬式用の生花の制作の作業を始めたのであった。
店長が無言で生花の制作を始めて約1時間後、店長は「これじゃ、駄目だ」と言って、花瓶に50本挿してあった菊の花を全て抜き取り、「何で駄目なのか分かったか?」と私に質問したのであった。
私が「分かりませんでした」と答えた後、店長は「何で駄目なのか分からないと駄目なんだよなぁ」と言って、再び、無言で生花の制作作業を始めたのであった。
恐らく、生花に、相当に微妙なズレが生じていたと思われるけれど、其処には、店長の絶対に妥協を許さない仕事への拘りと美学が有る訳で、葬式の生花とはいえ、生け花と同じように、繊細なバランス感覚があるのを知ったのであった。
(因みに、菊の花の仕入れ値は1本100円で、それを50本ずつ、花瓶2つに挿す形式で、配達も込みで2万円の料金となっていて、粗利は1万円だと店長に教えて貰っている。そして、平均すると1日、2~3回の葬式の生花の配達となり、それが花屋の生計のメインとなっている。)
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後書き
まず、最初の必須事項として、体験談として文章を書く際、下ネタと人の悪口は、最低限のマナーとして、禁止にしています。
下ネタに関して言えば、体験談で面白いのは、結局、下ネタが絡む話で、そんな感じの話が半分近くになりますが、流石にブログに掲載するのは無理があり、又、実際に下ネタが絡む体験談を文章にしてみると、意外と面白くならない可能性もあると思います。
(因みに、体験談のピックアップに関して言うなら、下ネタだけに拘わらず、事情に依り掲載するのが難しい体験談が数多くあり、又、実際に文章にしてみると、そんなには面白くないと思われる体験談も有るのだろうし、其処は、体験談としてのユーモアのクオリティが真に試される機会でもあり、体験談のピックアップが如何に難しいかは、読者の皆さんが実際に試してみれば、理解して頂けるかもしれません。)
又、実際の人生の体験談なので、人の欠点や悪口になるような話題に関しては、細心の注意を払って、書かないように気を付けていますね。
そして、このタイミングで重要な話をしておきたいのですが、過去の人生を振り返ると、人の悪口や苛めで、共通の仲間意識を持たせようとするタイプは、大抵は、ユーモアセンスが無くてつまらない人が多く、存外、そういうタイプの人は、本当は皆に嫌われている事が多い、というのは重要な事実として、記しておきたいと思います。
又、逆に、面白い人は、一概には言えないけれど、人が良くて優しくて気が利く人が多いと実感していて、其処には、人間力との相関関係が多少は有るのではないか、と私は、推察しています。
例えば、ムードメーカーの役割と思われる人が、底意地が悪い感じだったら、成立しているとは言えない雰囲気になるだろうし、又、会社の社長、スポーツチームの監督やキャプテン、その他にも、リーダーシップとして求められる理想の人間力があって、其処には、ユーモアが必要とされるシチュエーションが多いだろうし、やはり、ユーモアと人間力には、或る程度は、相関関係があると思います。
最後に、最も重要な事として、ユーモアは、人間が苦しい精神状態の時に、精神のバランスを保つ為に必要なものであり、それは、自分の為だけでは無く、人間関係の中でも潤滑や気分転換などの為に、大切な役割を果たしている、と言う事を、伝えておきたいと思います。
(2026/10/18)