WABI、SABI(侘び、寂)について

九鬼周造、曰く、粋にも構造があるように、WABI、SABI(侘び、寂)にも構造がある訳で、愛を語るより、侘び、寂について、語りたいと思います。
まず、土地や地域には、侘び、寂というものがあって、茨城県内で言えば、個人的には、常陸太田市、常陸大宮市、辺りが該当していて、街並みが古くて、侘び、寂があるだけじゃなくて、住んでいる人も、何かこう、侘び、寂がある処が面白いと思うんだよねぇ。
まぁ、常陸大宮市辺りは、ピンクレディーに似ている感じの古風な女性が多いと思うし、常陸太田市も、顔立ちは整っているけど、何かこう古風なんだよなぁ、という若者が多かったりして、侘び、寂があるんだよねぇ。
そして、スーパー「かわねや」みたいな侘び、寂があるスーパーマーケットも、常陸太田市を中心に展開している訳で、この侘び、寂がある街の雰囲気が、何かこう良いんだよねぇ、と思うのは、私だけでは無い筈なんだよねぇ。
因みに、私が住む東海村の村内にも、侘び、寂がある地域があって、豊岡海岸とその周辺は、寂寥としていて、侘び、寂があって良いし、豊岡海岸の写真はブログに載せているので、読者は実際に観て、侘び、寂を感じて欲しい処ですねぇ。
又、同じく、東海村の村内で言えば、私の住む家から700メートル位、東側に位置する村松虚空蔵堂の周辺の町並みや村松海岸は、侘び、寂があって良いし、村松海岸の写真もブログに載せているので、読者は実際に観て、侘び、寂を感じて欲しい処ですねぇ。
(因みに、村松虚空蔵堂の境内では、毎年、大空マルシェという音楽のイベントが行われており、結構、有名なアーティストが出演してたりするのですが、まぁ、それは、荘厳で有りながら、侘び、寂を活かした独特の雰囲気のライブになっていて、其れなりに、良いと思うんだよねぇ。)
まぁ、それは兎も角、一般的な感覚として、昭和レトロの町並みや古着や旧車などは人気がある訳で、懐古趣味やノスタルジーであったり、古風な物が好きな人が多いのは分かるけど、私が云わんとする、侘び、寂との違いは、分かるかなぁ~、分かんねぇだろうなぁ~、とは思うんだよねぇ。
例えば、立ち食い蕎麦屋で働いてる女性の侘び、寂が、何処の立ち食い蕎麦屋でも統一感が有って良いなぁと感じたり、学校で同じクラスの寂寞とした雰囲気の人に、何か良いなぁと感じたり、まぁ、そういう事なんだよねぇ。
まぁ、それにしても、饂飩や蕎麦の古い自動販売機が意外と巷で人気があって、それは、侘び、寂では有ると思うけれど、人気がある時点で、侘び、寂といった感覚が薄れているのは、否めない事実だと思うんだよねぇ。
因みに、饂飩や蕎麦の古い自動販売機が人気がある事を知ったのは、NHKの「ドキュメント72時間」という番組で放映されていたからであり、この番組自体は、私が云わんとする侘び、寂を狙って制作されていると推察する事が出来るし、私のブログのランキングのTV番組部門でも1位にしているんだよねぇ。
又、日立市の多賀駅に近く、6号国道沿いにあるトタンで作られた古いスナックが、この番組で放映されていた事が過去にあって、明らかに侘び、寂を狙っているのは、観ていて分かる訳で、私は以前からその古いスナックの存在を知っていたから、番組で使ってくれたのは、結構、嬉しかった記憶があるんだよねぇ。
まぁ、「ドキュメント72時間」はNHKの人気番組であり、畢竟するに、人間の生き方の模様も含めて、この番組の侘び、寂びに皆、心が惹かれていると思うんだよねぇ。
要は、何が言いたいかと言うと、私は、侘び、寂に拘りを持っていて、それは、一般的に言うノスタルジーとは異なる、という事を、殊更に強調して言いたい訳で、それは、微妙な感覚でもあるんだよねぇ。
具体的に、私が過去に、侘び、寂を感じたシーンを言うなら、大洗町のタクシー運転手が、紺色のジャケットを着た田中邦衛に似た渋い壮年の人であったり、那珂ドライビングスクールに全て木製で作られた古い机が並んで置いてあったり、まぁ、それが、雰囲気的にノスタルジーと違うのは、分かるかなぁ~、分かんねぇだろうなぁ~、とは思うんだよねぇ。
因みに、大洗町も明るい雰囲気ながら、侘び、寂がある訳で、そこから、鉾田市、鹿嶋市と国道51号を南下していくと、つげ義春の漫画にも通じる閑散とした仄暗い雰囲気の侘び、寂を感じる事が出来る訳で、何かこうね、良いんだよねぇ~。
只、私が云わんとする侘び、寂は、何も特別な感覚では無くて、例えば、1960~1970年代に建てられた家やアパートに、独特の生活感や風情を感じて、何か良いなぁ~、と思うのは私だけでは無いだろうし、日常の彼方此方に遍在している感覚ではあると思うんだよねぇ。
又、侘び、寂といった感覚は、判官贔屓の感情が包含されている処もあって、上記のような家やアパートで、質素で倹しい生活をしている住人を何と無く応援したい感情と、豪邸に住んで奢侈な生活をしているブルジョアを羨む感情は、ベクトルとして、正反対ではあるんだよねぇ。
まぁ、質素で倹しい生活を送っているからといって、その人自身の性格の善し悪しについては、全く関係無い事だけどねぇ。
そして、これは、まぁ、言っておきたい事として、自分の所持品にも、侘び、寂を感じる事があって、それは、私の場合、自分で懸命に労働して稼いだお金で購入した車やバイクが、時間の経過と共に、色褪せて、哀愁を帯びてきて、それが、侘び、寂を感じる事に繋がっていく、という事は、まぁ、どうしても、伝えておきたい処なんだよねぇ。
重要なポイントとしては、私の場合(或いは、一般人)、自分で懸命に働いて稼いだお金で、車やバイクを購入しているという点であり、そういった形式では無く、何らかの組織(支配者側)から金銭を受け取って、車やバイクを入手していると思われる人が、私の近所やその他で、見受けられる事も言及しておきたい訳で、そうした場合、其処に、当然ながら、哀愁も、侘び、寂も感じる事は無い、と思いますねぇ。
又、上記以外にも、自分で懸命に働いて稼いだお金で購入した、CD、DVD、漫画、本、小説のコレクションが、今も私の部屋に現存している訳で、特に、90年代のテクノやメタルのCD、ガロの漫画、などは、時間の経過と共に、色褪せて、独特の雰囲気になっていき、侘び、寂に繋がっていく、と思うんだよねぇ。
(そして、私は、現在の状況で言うなら、趣味の物品を購入する事は経済的に難しい状況であり、相当に質素で倹しい生活をしている訳で、至極、当然の事ながら、好きでそうした生活を送っている訳では無い、という事は、伝えておきますけどねぇ。)
最後に、侘び、寂に関して肝要な事を言っておくなら、侘び、寂といった感覚には、人間の反テクノロジー的な思想や感情が何処かに反映されていると思うし、それは、懐古趣味やノスタルジーでも同様な感覚ではあるけれど、要は、人間には、人間らしさを求める潜在的な欲求がある訳で、それは、非常にですね、大切な事だと思うんだよねぇ。

(2026/10/17)