ラモーンズ、その他、まとめてレビュー
The Ramones

マモー・・・、じゃなくて、ミモー・・・、でもなくて、ラーメンズ・・・、でもなくて、ラモーンズです。
ラモーンズは、20才位の頃、「Acid Eaters」(1993)、「i Adios Amigos!」(1995)、の2枚を所持していて、「Ramones Mania」はレンタルして聴いてましたね。
又、過去には、上記以外にも、「Brain Drain」(1989)、その他、をレンタルして聴いてましたね。
まぁ、「Brain Drain」は、オルタナ・ロック的な仕上がりで、まぁまぁ、良い出来だったし、何回も繰り返して、聴いていたのを憶えているヨン。
そして、今は、「The Ramones」(1976)、「Ramones Mania」の2枚をリッピングして、聴いているヨン。
そういえば、昔、「中島らも」が好きな友人N君は、ラモーンズは、直球勝負な処が良いと言ってたんだよねぇ。
それに関して私が思うのは、ラモーンズは、音楽性としてはストレート系だけど、しかし、痩躯で長身でレザー・ジャケットを着ているボーカル(ジョーイ・ラモーン)が、ビーチ・ボーイズのカヴァーを歌ったりと、何かこうね、私の場合、ラモーンズは、シンカー系で勝負する投手のイメージなんだよねぇ。
まぁ、ラモーンズがビーチ・ボーイズの曲を歌うという事は、トム・キャットが「ロマンチックが止まらない」を歌う事と一緒だっぺよ、と思うんだよねぇ。
又、ニューヨーク・パンクとして考察するに、一言、物を申すとしたら、トーキング・ヘッズ、テレビジョン、パティ・スミス、ラモーンズと並べてみると、ラモーンズは、何かこうね、カワイイ感じがするんだよなぁ。何て言うんですかね、存在自体がね、カワイイ、と、言えば良いんですかねぇ。
(上記は、ニューヨーク・パンクのメッカとされるCBGB(ロックをメインとするクラブ)のオリジナル・ビッグ・フォー、と呼ばれていた。)
因みに、ラモーンズは、メンバー全員がラモーン姓を名乗っていて、バンド名は、ポール・マッカートニーがデビュー前に思いついた芸名を、拝借したものらしいですねぇ。
ラモーンズの音楽性に関して語るなら、シンプルな曲構成とコード、ひたすらかき鳴らされるジョニーのギター、独特なドラムのリズム感、うなるベース、ジョーイの突き放したボーカルは、英国パンクに多大な影響を与え、数多くの模倣を生み出したらしいですねぇ。
まぁ、パンク以降ですかねぇ、アルバムの収録曲が全て同じ曲に聴こえるのが逆にカッコ良い、みたいな価値観というんですかねぇ、それは、恐らく、ラモーンズが口火を切ったと思うんだよねぇ。
因みに、ラモーンズの1stアルバム「The Ramones」は、10時間の集中作業で作成したアルバムなんだヨン。
又、上記のアルバムの冒頭を飾る「Blitzkrieg Bop」は、当時、大ヒットしたベイ・シティ・ローラーズの「SATURDAY NIGHT」に影響を受けていて、かつて独軍が欧州侵攻に用いた戦術の名称を使用して、客がステージに押し寄せる雰囲気の意味合いの曲になってるヨン。
まぁ、「どうでもいいですよ by だいたひかる」的な話ですが、小生、「SATURDAY NIGHT」という曲を初めて聴いたのは、高校生の頃、深夜に観ていた「オールナイト・フジ」のオープニング曲として、でしたねぇ。
Television
テレビジョンは、過去に、「Marquee Moon」(1977)を、所持していたと思うんだよねぇ、確か、20才位の頃だけどねぇ。
今は、「Marquee Moon」をレンタルして、リッピングして聴いていますね。
まぁ、「関係ないね by 柴田恭兵」的な話ですが、「ザ・テレビジョン」という雑誌は、高校生の頃から購入して、30才位までは、読んでいたかなぁ、定期購読では無いんだけどねぇ、要は、昔、テレビ番組を結構、観ていたという事だヨン。
特に、私は、高校生(勝田工業高校)、専門学校生(水戸コンピュータ専門学校)の頃は、お笑い番組を中心に、頻々にテレビ番組を観ていたんだよねぇ。
想起するに、高校生の頃は、「元気が出るTV」と「ごっつええ感じ」が、同じ日曜の夜8時の時間帯に放映されていて、どちらを観ればいいのかと、迷った私と同世代は大杉漣だと思うヨン。
又、高校生の頃は、とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンが人気があったけれど、まぁ、ダウンタウン派とウンナン派に分かれていて、ウンナン派は、大体やね、クラス全体の1~2割だと思うヨン。
それ以外にも、学生時代は、「ものまね王座決定戦」、「ボキャブラ」、「とぶくすり」など見逃せないお笑い番組が結構あって、お笑い番組は、話題の共通項として機能していたと思うヨン。
まぁ、社会人になってからは、「爆笑オンエアバトル」以降、好きなお笑い番組は無くて、「エンタの神様」辺りで見切りを付けたと思うヨン。
それは兎も角、テレビジョンの音楽性の話をすると、まぁ、パンクの系譜で語られるバンドではあるけれど、プログレシッヴ・ロックやジャズ・ロックの要素の方が強く、複雑な構造を持つ楽曲を制作する事が出来る、レベルの高いバンドなんだよねぇ。
又、テレビジョンのメンバー、トム・ヴァーレインのソロ2作が、スリル・ジョッキーからリリースされるなど、近年は、ポスト・ロックの先駆として評価されているヨン。
因みに、リチャード・ヘルは、元テレビジョンのメンバーであり、トム・ヴァーレインは、過去に、パティ・スミスと付き合った事があるんだって、へ~(ボタン)。
Talking Heads
トーキング・ドラム・・・、じゃなくて、トーキング・ヘッズです。(トーキング・ドラムとは、打ち方や音高を変える事で、意味の伝達に用いる太鼓の事。)
因みに、トーキング・ドラム、成らぬ、トーキング・ヘッズとは、島木譲二の大阪名物、ポコポコヘッドの事を示していると、私は、推測してるんだよねぇ。
トーキング・ヘッズは、20才位の頃、「Talking Heads:77」(1977)、「Remain In Light」(1980)の2枚を所持していて、「Naked」(1988)は、レンタルして聴いてましたね。
今、現在は、「Talking Heads:77」、「Remain In Light」の2枚を、レンタルしてリッピングして聴いているヨン。
まぁ、トーキング・ヘッズのメンバー、デイヴィッド・バーン、クリス・フランス、ティナ・ウェイマスの3人は、RISD(ロード・アイランド・スクール・オブ・デザイン)というアート・スクール出身なんだよねぇ。
あと、メンバーのジェリー・ハリスンは、母親が美術学校で教鞭をとっていて、自身はハーバード大学出身で、視覚環境に関する研究を行っていた、との事だヨン。
まぁ、そういう事もあって、トーキング・ヘッズのアルバムのジャケットは、其々がカッコ良いデザインになっているし、音楽性も、アートに対して意識的な形式になっているヨン。
音楽性について言及するなら、私が、トーキング・ヘッズの中で、最も好きな曲は、「Psycho Killer」だけど、この曲は60年代中期のサザン・ソウル風のリズムを土台にしていて、デヴィッド・バーンの神経質に痙攣しているヴォーカルや、ささくれ立ったギターが特徴的になっている、ベリー、カッコ良い曲だヨン。
又、「Remain In Light」は、80年代を代表するアルバムで、歴史を変えた一枚として認知されているけど、このアルバムは、アフリカ的なポリリズムを複合的に組み立てた音楽性であり、「もはやこれはロックンロールではない」と、バーンはプレスに向けて語っていたヨン。
要は、「Remain In Light」の中で、演奏されているファンクとは、弾まないインストルメンツの組み合わせで弾みを作る、というアンサンブルに依る白人特有のファンクであり、又、ジャズに於けるモードの概念を作曲や演奏に取り入れている、という試みなど、斬新で尚且つハイレベルの音楽性だったんだよねぇ。
Patti Smith
パテ、済みっす・・・、じゃなくて、パティ・スミスですね。(パテとは、接合剤の一種の事。木材の目止めなどに使うゴム状物質で、亜鉛華・炭酸カルシウムなどの固体粉末を乾性油などでこねたもの。)
パティ・スミスの代表作「Horses」(1975)は、レンタルしてリッピングして聴いていますが、南野陽子「BLOOM」に比肩する名盤だと思いますねぇ。
(因みに、「Gung Ho」というアルバムも、過去に、茨城県立図書館から、借りて聴いていたんだよなぁ。)
まぁ、「Horses」は、パーマン1号・・・、じゃなくて、パンク1号として認知されている凄いアルバムなんだよねぇ。
以下、東海村立図書館から借りてきた「NYパンク以降のUSロック完全版」の帯に書かれていた言葉を引用するヨン。
-パンク第1号アルバムとなったパティ・スミス「牝馬」から45年、ニューヨークから世界に広まり、じわじわとアメリカン・ロックを変えていったパンク/ニューウェイヴは、デイヴィッド・バーン「アメリカン・ユートピア」の成功で、ポップ・カルチャーの精神的支柱である事を証明した。-
一応、パティ・スミスというニューヨーク・パンクの女王について説明しておくと、46年12月30日、シカゴで生まれ、15才の頃には工場で働き、大学進学の費用を稼いでいたんだよねぇ。
そして、アル中・乱暴・・・、じゃなくて、アルチュール・ランボウやボブ・ディランに憧れていた彼女は、69年にニューヨークに出て、詩を書いたり、演劇に出演するようになるヨン。
それから、やがて、ポエトリー・リーディングを行うようになり、「歌う女性ビート詩人」として、ニューヨーク・アンダーグランド・シーンのカリスマになっていくヨン。と、経歴を簡略して説明すると、こんな処だヨン。
まぁ、ファースト・アルバムの「Horses」の1曲目、「Gloria」の畳み掛ける言葉、それに呼応してヒートアップしていくバンドの演奏の勢いは、産業化したロックに強烈な一撃を加えるインパクトがあったし、アルバム「Horses」全体の歌詞を考察しても、アレン・ギンズバーグやボブ・ディランと同レベルの詩人と言えるんだよねぇ。
そして、何より、ファースト・アルバムのプロデュースは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの要だったジョン・ケイルに依る、という事が重要であるし、ワイルドなバンド・サウンドと、パティ・スミスのシンガーとしての実力は、ベリー、聴き応えがあるヨン。
因みに、パティ・スミス・グループの「Easter」(1978)のジャケットでは、パティ・スミスが脇毛を露出しているけど、AV女優の黒木香は、パティ・スミスの影響を受けていると、私は推測してるんだよねぇ。
New York Dolls
入浴、どうする・・・、じゃなくて、ニューヨーク・ドールズですね。
ニューヨーク・ドールズは、「Rock'n Roll」をレンタルして、リッピングして聴いていますね。
まぁ、ニューヨーク・ドールズのファースト・アルバム「New York Dolls」(1973)は、パンク・ロックとグラム・ロックの間を繋ぐ重要作品とされているヨン。
ファースト・アルバムは、トッド・ラングレンがプロデュースしていて、ストーンズ直系のロックン・ロールで、尚且つ、ギターのフレーズや音色に艶が感じられる音楽性で、メンバーの派手なグラマラスな衣装と相俟って、世間の注目を集めた、との事ですね。
まぁ、でも、何かこうね、グラム・ロックが好きになれない、というかねぇ、ウンナンのコントが、何かこうね、好きになれないのとねぇ、似たような感覚かもしれませんねぇ・・・、明確過ぎるのが苦手というかねぇ・・・。
DEVO

ディーバ・・・、じゃなくて、ディーヴォですね。(ディーバとは、(元ラテン語で女神の意)オペラのプリマドンナの事。又、高名な女性歌手、歌姫の事。)
ディーヴォは、「DEVO GREATEST HITS」を、20代前半の頃に購入して、所持していますね。
私の場合、テクノから行くと、YMO、クラフトワーク、ディーヴォ、と、オーソドックスな順番で聴いていたりするんだけどねぇ、ディーヴォは、20代前半の頃は、そんなに好きではなかったんだよなぁ・・・。
又、「NYパンク以降のUSロック完全版」を、読むまでは知らなかった事だけど、ディーヴォは、テクノ・バンドではあるけれど、一応、ニューヨーク・パンクの括りに入るバンドでもあるんだよねぇ。
因みに、ディーヴォというバンド名は、脱進化(de-evolution)という発想から生まれていて、その根底には、ケント州立大学で風刺美術作品を作っていた美術学生のジェラルド・キャセールとボブ・ルイスが、アメリカの機能不全から、「人類は進化し続ける代わりに後退を始めた」というジョークを思い付いた、という背景があるヨン。
まぁ、要は、ディーヴォには、ジャンルと時代を越えて生き続ける「退化の美学」というコンセプトがある訳で、「退化の美学」と言えば、H・G・ウェルズの「タイムマシン」を想起する訳で、「タイムマシン」については、私のブログ、「REAL YELLOW MONKEY」でレビューしているので、気が向いたら読んで味噌。
それで、一応、ディーヴォのデビューの経緯について説明しておくと、デビュー以前、ディーヴォは デイヴィッド・ボウイの推しのバンドであり、ファースト・アルバムは、ブライアン・イーノがプロデュースを申し出て、ベルリンのコニー・プランク・スタジオで録音する事になったらしいヨン。
因みに、私が、ディーヴォについて、興味深く思う処は、ディーヴォのアルバムの邦題タイトルがカッコ良い処で、ファースト・アルバムは、「頽廃的美学論」、セカンド・アルバムは、「生存学未来編」、サード・アルバムは、「欲望心理学」という邦題になってるんだよねぇ。
何かこうね、中国から逆輸入された邦楽アーティストのCDで、アルバムのタイトルや曲名が全て漢字になっていた事を想起するんだよねぇ、何かこうね、良い感じだよねぇ。
Velvet Crush

ヴェルヴェット・クラッシュは、ファースト・アルバム「In The Presence Of Greatness」(1991)、セカンド・アルバム「TEENAGE SYMPHONIES TO GOD」(1994)の2枚を所持していますね。
因みに、ヴェルヴェット・クラッシュの「In The Presence Of Greatness」は、30代後半になってから、常陸太田市のゲオで、中古で、約1000円で購入したヨン。
又、セカンド・アルバム「TEENAGE SYMPHONIES TO GOD」は、同じくゲオで、中古で、約500円で購入したヨン。
まぁ、オルタナ・ロックのファンにとって、評価が高いとされる「In The Presence Of Greatness」は、ウィンクの「Especially For You」に比肩する名盤ですねぇ。
因みに、「Especially For You」は、私が、勝田工業高校時代に、友人I君からカセットテープを借りて、家でティラミスを食べながら聴いていたのを憶えていますねぇ。
まぁ、「In The Presence Of Greatness」について、感想を言うなら、何て言うんですかね、青春の甘酸っぱさがあると言うんですかねぇ、何かこうね、例えるなら、菓子パンだったら、イチゴ・スペシャル、炭酸飲料なら、C・C・レモン、辺りが似合うと思うんだよねぇ。
一応、説明していくなら、ヴェルヴェット・クラッシュは、90年、リック・メンクを中心にロードアイランドで結成された、オーソドックスなギター・ポップ・バンドで、朋友のマシュー・スウィートをプロデューサーに迎えて、ファースト・アルバムを制作しているヨン。
音楽性としては、チョロQのように疾走するリズムに、ミリンダのような甘~いポップなメロディ、アニメ「フランダースの犬」の主題歌のような美しいハーモニー、等が相俟って、「タッチ」のような青春アニメが好きなタイプの日本人だったら、心の琴線に触れる事は、「間違いない!」と思うヨン。
又、ヴェルヴェット・クラッシュが好きな人なら、レーベル(クリエイション)・メイトのティーンエイジ・ファンクラブも好きなんだろうなぁ、という推測も、「間違いない!」と思うヨン。
そして、セカンド・アルバム「TEENAGE SYMPHONIES TO GOD」について、説明しておくと、プロデューサーは、ミッチ・イースターで、R.E.M.の初期のアルバムをプロデュースした事で、知られる人物だヨン。
収録曲で言うなら、「SOMETHING'S GOTTA GIVE」、「THIS LIFE IS KILLING ME」の2曲は、ニューヨーク・パンクを彷彿とさせるソリッドな曲でカッコ良いけれど、アルバムの印象としては、ザ・バーズのジーン・クラークのカバー曲の「WHY NOT YOUR BABY」等、カントリー・タッチのナンバーのイメージの方が、強く残るヨン。
因みに、アルバム・タイトルの「TEENAGE SYMPHONIES TO GOD」とは、ブライアン・ウィルソンが、アルバム「SMiLE」を表現する時に肩書きのように使っていた言葉だヨン。
畢竟、リック・メンクは、永遠のティーンエイジャーで居たいという気持ちと、成長したいという気持ちの対立的分離を、詩作のコンセプトにした、という事を語っているし、音楽性としては、神へ向けられた10代の交響曲、というコンセプトがあるんだよねぇ。
しかし、私は、「若さ、若さ、って何だ? 愛って何だ?」(by「宇宙刑事ギャバン」の主題歌)と、思う処だヨン。(因みに、私が、日立市のシステム開発研究所で働いていた22~23才の頃、同期に入社したT君は、カラオケで、「宇宙刑事ギャバン」の主題歌を持ち歌にしていたんだよねぇ。)
Matthew Sweet

摩周湖、水位・・・、じゃなくて、マシュー・スウィートですね。(摩周湖とは、北海道阿寒国立公園内にあるカルデラ湖の事で、透明度が高い事で有名。水位とは、河川・湖沼・海などの、一定の基準から測った水面の高さの事。)
マシュー・スウィートは、「100% FUN」を中古で購入して、所持していますね。
又、「Altered Beast」は、図書館で借りて来たのか、中古で所持していたのか、記憶が曖昧ですが、まぁ、兎に角、リッピングして、CD-Rで聴いているヨン。
まぁ、2001年に、千葉県の方のサマーソニックを観に行った際には、確か、ベックやプライマル・スクリームのメイン・ステージの時間帯に、サイド・ステージで、マシュー・スウィートが、演奏してたと思うんだよねぇ。
私は、メイン・ステージの方を観ていたけれど、その時期、私が、オルタナティヴ・ロックに詳しかったら、サイド・ステージの方を観に行っていたと思うんだよねぇ。
因みに、マシュー・スウィートは、サマーソニックで、「うる星やつら」のラムちゃんのコスプレをして、歌っていたのを憶えている、だっちゃ。
まぁ、それは兎も角、音楽性の話をするなら、マシュー・スウィートは、R.E.M.に近い感覚のメロディアスなオルタナティヴ・ロックであり、こういう音楽性は、個人的に、すー、好き、すー、好き、すー、好き好き好き、すー、なんだよねぇ。
Weezer

ウィーンさ・・・、じゃなくて、ウィーザーですね。(ウィーンとは、オーストリア共和国の首都の事。音楽の都として有名。)
ウィーザーは、20代後半の頃、4thアルバムまで、コンプリートして集めていて、今は、1st「Blue Album」、3rd「Green Album」の2枚をリッピングして、聴いているヨン。
まぁ、ウィーザーのボーカル、リヴァース・クオモは、元々は、非モテ系の内気なメガネ男子のキャラクターだったんだけど、確か、4thアルバム制作の時期に、メガネからコンタクトに変えて、筋肉をムキムキに鍛えていた事があったんだよねぇ。
私は、それに対して、リヴァース・クオモ、けしからん!、行動が、リヴァースになっているヨン、と、憤慨していたんだよねぇ。
何かこうね、裏切られた気持ちになった、というかね、90年代、阪神の野田とオマリーが、オリックスやヤクルトに移籍して大活躍した時と同じように、裏切られた気持ちになったんだよねぇ。
リヴァース・クオモは、メガネ・ロックの哲学に対して、一体、どういう考え方をしているんでしょうかねぇ、リヴァース・クオモに対して、「どうしてじゃ~」としか、言えないよねぇ。
それは兎も角、ウィーザーのバンド・スタイルについて説明すると、ひたすら懸命に、尚且つ、豪快にギターをかき鳴らしながら、不器用な自分に対する苛立ちを包み隠さずに嘆きながら歌う、というスタイルであり、過去には、共感を示す若者が続出したんだよねぇ。
又、「Buddy Holly」に代表される、耳馴染みが良くメロディアスな楽曲は、リスナーが「かい~の」と思っている所に、手が届く抜群の作曲センスを感じるんだよねぇ。
(2026/5/15)