スラムオンライン
桜坂洋
ハヤカワ文庫


私は、1974年生まれの紛れもないゲーム世代である。
小学校低学年の頃は、PC-6001というマイクロコンピューターでゲームをプレイし、小学校高学年の頃は、巷間を一世風靡したファミコンでゲームをプレイしていた世代である。
中学生の頃は、ファミコンを一旦、売却したが、高校生になってからは、ファミコンとスーパーファミコンで、ゲームを嗜んだ世代でもある。
そして、社会人になってからは、プレイステーション1&2、セガサターン、任天堂64、ドリームキャスト、ゲームボーイ、任天堂DS、PSP、辺りを購入し、ゲームと共に過ごしてきた青春時代と言えるだろう。
(因みに、友人A君は、私を遥かに凌駕するゲームマニアで、上記以外に、PCエンジン、ネオジオ、ゲームキューブ、まで所持していた。)
しかし、当時、ゲームはアニメと並び、オタクメディアの代表格のネガティブなイメージがあり、高校(勝田工業高校)時代は、このままの自分では良くないと一念発起し、途中から軟式テニス部に入った経緯がある。
(高校1年生の頃は、ドラクエ、FFに飽き足らず、「ラサール石井のチャイルズクエスト」まで、プレイする始末であった・・・。)

スラムオンラインが発行された時期は、2005年なので、少しは対戦格闘ゲームの熱気が残っていた時期だったのではないか、と追憶する。
私は、90年代、ストリートファイター、バーチャファイター、鉄拳など、コンシューマーだけでなく、アーケードでも対戦格闘ゲームをプレイしてきた人間である。
(私が、高校三年生の頃は、ストリートファイター2が大ブームで、友人O君と一緒にゲームセンターに行って、スト2をプレイする事に嵌っていた。)
その為、小説の世界観には、すぐに馴染む事が出来たのであるが、それだけでなく、アメーバピグというアバターを使用したVRにも居た事もあるので、作品のイメージを理解する事に対して、障壁は感じなかった。
(スラムオンラインの中でプレイされるゲーム、<バーサス・タウン>というオンライン対戦格闘ゲームは、チャットも出来るので、コミュニケーションツールとしての役割も担っている。)
スラムオンラインの主人公、坂上悦郎は、クールな大学生で高校時代も彼女が居て、ストーリーの半分は恋愛の話で進行し、ゲーマーの非モテ系イメージを払拭する作者の狙いが感じられる。
又、対戦プレイの描写は、白熱していて引き込まれるし、辻斬りのジャックと戦う為に、<バーサス・タウン>の武闘会の準決勝を棄権するテツオ(坂上悦郎)の粋な哲学など、飽く迄カッコ良さを追求する作者の狙いも、成功していると言えるだろう。
只、スラムオンラインという作品で、作者が本当に書きたかった事は、VRに於ける人格の多様性であり、それは平野啓一郎の「決壊」などの作品に代表される、「分人主義」に通底している。
<バーサス・タウン>というゲームの中で、坂上悦郎は、カラテ使いのテツオとして最強の格闘家を目指す事により、自分自身のアイデンティティを保っている。
現実の世界には何一つ価値を見出せず、ゲームの世界の中での認知に価値を見出している坂上悦郎であったが、薙原布美子という同じ大学に通う女性との恋愛によって、現実の世界にも価値を見出すようになっていく。
ネットの世界に於けるコミュニケーションの形式、そして、人格の多様化だけでなく、価値観の多様化についても、作家がこの作品を通して書きたかった事なのだろう。
インターネットを含めた人格の多様化について、インターネット内に於ける自分こそが本当の自分である、というアイデンティティの揺らぎに関しては、一般人の感覚として、現在、逓減していると思われる。
(つまり、スラムオンラインに於いて、大学生の坂上悦郎はロールプレイであり、<バーサス・タウン>のカラテ使いのテツオこそが本当の自分である、という感覚である。)
しかし、リアルな世界に於ける自分の立場を弁えた人格形成こそが、コミュニケーションスキルとして最重要であり、平野啓一郎の「分人主義」の考え方については、個人的な所感として、懐疑的な部分もある。
(まぁ、私が住む家の近所では、悪の支配者の言い成りになって、近所の住人や家族というロール・プレイをしている人種も、多数、存在するんですけどねぇ・・・。)
又、小説内でも書かれているように、何に価値があるかを決めるのは自分自身であり、そこに、ネットゲームの世界の廃人になる危険性も潜んでいる。
私が過去に遡及して思慮する事は、アニメやゲームは知識が狭くなる傾向があり、それなら、小説や映画に詳しくなった方が、一般イメージも含めて遥かに良いのは間違い無い、という事である。
究竟、教養や知識としての便益が、肝要な事であり、ゲームやアニメは、益体の無い分、現実逃避の引力を兼ね備えている、と言えるだろう。
(但し、ゲームやアニメでも、役に立つジャンルがあり、例えれば、歴史のシミュレーションゲームやアニメなどが該当する。)
只、現代では、私の青春時代のゲーム/アニメとは、一般的なイメージや形式が変化しているのだろうし、スラムオンラインにしても、今から20年前に書かれた小説であり、過去の時代を振り返る小説として、現在は機能しているのだろう。
因みに、私は、2015年以降は、家でインターネットを使用する事が不可能にされて、2025年になって、やっと何とかネットカフェでブログを作成出来る状況になっている。
その為、今の一般人の時代感覚として感想を書く事が難儀である事を、ご了承して頂きたい処である。

(2025/12/31)