監獄の誕生 -監視と処罰-
ミシェル・フーコー  
新潮社版


以下、引用

換言すると、自分の財産・名誉・時間・身体を自由に行使できなくなるとはどんなことであるかを彼に感じとらせなければならないだろうし。
規律・訓練を旨とする強制権は、増加される素質と増大される支配とのあいだの拘束関係を、身体において確立するわけである。

頑強さ・迅速さ・熟練・粘り強さ-の個々の変数は、観察可能となり、従って、特色づけられ、評価され、記帳され、その力の特定の支配者たる人に報告されうるものとなる。

つまり、絶え間のない取り締まり・監視者による圧力・仕事の迷惑や邪魔になりうるすべての事柄の除去がおこなわれるのであり、重要なのは、すべての点での有益な時間の組み立てである。

正確さと専念は規則正しさと並んで、規律・訓練の時間の基本的な徳目である。

要約して言うとすれば、規律・訓練は規則する身体をもとにして四つの型の個人性を、というよりむしろ、四つの性格のそなわった個人性を造りだすのである。
つまりそれは(空間配分の作用によって)独房的であり、(活動の記号体系化によって)有機的であり、(時間の累積によって)段階的形成を旨とし、(さまざまの力の組立によって)組み合わせを旨とする。
しかもそのために規律・訓練は、四つの主要な技術を用いるのである。
つまり、まず一覧表をつくりあげ、つぎに操練を規定し、さらに訓練を強制し、最後には、力の組合せを確保するため戦術を整える。

つまり監視者も常時監視される、という仕組みである。
規律・訓練の階層秩序化された監視における権力は、一つの物として所有されるわけでもなく、一つの権利として譲渡されるわけでもなく、一つの機械仕掛けとして機能するのだ。
しかもその権力はピラミッド型の組織によって<頭>を配置されるのは事実だが、実はその配置全体が、<権力>を生み出して、この永続的で連続した領域の中に個々人を配分している。
その結果として、規律・訓練的な権力は一面では完全に公然たるものでありうる、その理由はこの権力はいたる所にあり、しかもつねに見張っているからであり、原則上はいかなる影の地帯をも放置しておかないからであり、取り締まる役目の者をもたえず取り締まるからである。
他方、同時に完全に<秘密を守って>いる、なぜならばその権力は、いつも、また大幅にひそかに機能するからである。
規律・訓練は係わり合いを中心とした権力を<働か>せていて、その権力は自身の機構によって自身を支えている、
しかも明確に表沙汰になるおりには、その事態のかわりに、計算のゆきとどいた視線の、中断される作用をもちこむ。
監視の諸技術のおかげで、権力の<物理学>、身体の支配は、光学と力学の諸法則にもとづいて、また、空間・線・幕・束・度合などの作用全体にもとづいて、しかも少なくとも原則的には、過度の力や暴力に訴えずに営まれている。
いっそう巧みに<物理学的>であるだけに、表面的にはなおさら、<身体本位>ではなくなっている権力、である。

規律・訓練における個人を服従強制の状態に保つのは、実は、たえず見られているという事態、つねに見られる可能性があるという事態である。
しかも、試験とは、権力が自らの強さの表徴を明らかにするかわりに、また自らの標識を当の相手(=主体)に押しつけるかわりに、ある客体化の機制のなかで当の相手をつかまえる場合の、そうした技術である。

ベンサムの考えついた<一望監視装置>は、こうした組み合わせの建築学的な形象である。
その原理はよく知られるとおりであって、周囲には円環状の建物、中心に塔を配して、塔には円周状にそれを取巻く建物の内側に面して大きい窓がいくつもつけられる(塔から内側ごしに、周囲の建物のなかを監視するわけである)。
周囲の建物は独房に区分けされ、そのひとつひとつが建物の奥行をそっくり占める。
独房には窓が二つ、塔の窓に対応する位置に、内側へむかって一つあり、外側に面するもう一つの窓から光が独房を貫くようにさしこむ。
それゆえ、中央の塔のなかに監視人を一名配置して、各独房内には狂人なり病者なり受刑者なり労働者なり生徒なりをひとりずつ閉じ込めるだけで充分である。
周囲の建物の独房内に捕らえられている人間の小さい影が、はっきり光のなかに浮かび上がる姿を、逆光線の効果で塔から把握できるからである。
独房の檻の数と同じだけ、小さい舞台があると言いうるわけで、そこではそれぞれの役者はただひとりであり、完全に個人化され、たえず可視的である。
一望監視のこの仕掛けは、中断なく相手を見ることができ即座に判別しうる、そうした空間上の単位を計画配置している。

今や各人は、然るべき場所におかれ、独房内に閉じ込められ、しかもそこでは監視者に正面から見られているが、独房の側面の壁のせいで同輩と接触をもつわけにはいかない。
見られてはいても、こちらには見えないのであり、ある情報のための客体ではあっても、ある情報伝達をおこなう主体にはけっしてなれないのだ。

監獄は、それが新法典とともに創設された当時言われていた以上に古いのである。
形式としての監獄は、刑法におけるそれの体系的活用に先立って存在する。
司法装置の外部でそれが組み立てられた時期というのは、個々人を空間的に配分し固定し配置して分類し、個々人から最大限の時間と力を引き出し、個々人の身体を調整し、その連続的行動を記号体系化し、個々人を手落ちのない可視性によって見張り続け、そのまわりに観察・帳簿記入・評点記入の全装置をつくりあげ、累積され集中される知を個々人に関して組み立てる、そうしたさまざまの手続きが全社会体を貫いて磨きあげられた時期である。

だが監獄のもつ自明の理は、個々人を変容する装置という、仮定されるか要求されるかの差はあれ、その役割にも根拠をおいている。
どうして監獄が即座に受け入れられないわけがあろう、というのは人を閉じ込めて矯正し従順にしつつ、それは社会体のなかで見出されるすべての機構を、場合によってはいくらか強調しつつも再生産するにすぎないからである。
監獄とは、いささか厳重な兵営、寛大さの欠ける学校、陰鬱な工場だが、極端な場合でも質的な差異は何ら存在しない。

(2010~2014年頃、執筆)