モダンタイムス 
伊坂幸太郎
講談社


伊坂幸太郎の中では最長の作品なので、読むのに時間が掛かりました。
魔王の続編的な内容でもあり、作者曰くゴールデンスランバーと対になってる作品との事。

あらすじとしては、主人公の渡辺拓海はシステムエンジニアでもあり結婚もしている。
ある日、男に自宅のマンションで監禁され拷問を受けるが、男(岡本猛)は夫の浮気を調査する為に妻に雇われたという。
その後、会社に行くと渡辺拓海は新たな仕事の案件を課長から頼まれる。
以前、その仕事をしていた五反田正臣が失踪したという。
その後を継ぐ形で部下の大石倉之助と一緒にゴッシュという名前の会社の仕事を行うと、そこには暗号の掛かった謎のプログラムがあった。
そのプログラムを調査し見つかったキーワードを検索に掛けたら・・・。

ゴールデンスランバーと同じく、監視社会とそれに立ち向かう人間の姿、というのが一つのテーマになってるんじゃないかと思うが、ゴールデンスランバーではセキュリティポッド、モダンタイムスではネット検索システム、といったガジェットが物語上大きな役割を果たしている。
未来のネット社会がテーマとなっているが、書かれている事自体は今の技術でも可能ではあると思う。
現在に於いて世の中のシステムはだんだんと複雑化していってるし、そのシステムの中では誰が悪いとかそういう問題ではなくなってきている。
それは、大きな物語の終焉と哲学的に換言する事も出来る。その仕事が悪事を行う事だとしても、仕事が細分化していくと個人の罪の意識は弱くなる。
そもそもシステムが非常に複雑化しているので、そのシステムに組み込まれている人々は全体が見えていない。
といった事が物語のテーマになっているが、エンターテイメント小説の中でこれだけ現状で問題とされている政治的な内容に、踏み込んでストーリーが描かれているという事が何より重要な事だろう。
もう少し、こういった小説が増えてもいいんじゃないだろうか。
実際、監視社会について書かれた小説は多くはない。
また、伊坂幸太郎は最高傑作と色々な人から言われているゴールデンスランバーよりも、モダンタイムスの方がより多くの伝えたいメッセージが挿入されている、と話している。
現代に於ける監視社会について語るときは、幾分か哲学的な知識が必要となってくるのかもしれない。
ジョージ・オーウェルの「1984年」から始まって、ミシェル・フーコーの「監獄の誕生」やジル・ドゥルーズといった面々など、一般的に言えば難解とされているテキストを読む事が必須とされている気がする。
しかし、そういったものを噛み砕いた上で、エンターテイメント小説を楽しむ一般人にも無理なく分かりやすく伝えようとしている作者の意図は、この作品を読んでいて伝わってはきた。
この作品の登場人物の渡辺拓海や井坂好太郎の交わす会話は、ところどころギャグを散らしながらも重みのあるものとなっている。
ここ最近、僕がエンターテイメント小説を読んで感じることは、いくら現実的な事柄を題材にしていても、どれもアナクロ感が漂っているというか、要するにインターネットを初めとする情報化社会の今を、切り取って書かれているように思えないという不満があった。
しかし、この小説に関していえば、未来の世界が描かれているとはいえ、今の社会を切り取って描かれているという事で、読了した後に満足感を感じている。
基本的にディストピア小説というものは、現実の世界よりもずっと酷い世界を小説内で体験する事により、カタルシスを得るといった重要な面があるのだが、そこに如何に現代社会の不安感を醸し出せるか、というのがポイントであると思う。
読み終わった後に面白かったで終わりにしないで、この世界のありようについて少しは考えてみることが出来たのなら、作者の願いは半分くらいは叶っているような気がする。
少なくとも、僕は時々この小説の事を思い出して、世の中について考えてみたい。
作中の井坂好太郎が「人生は要約できねえんだよ」と話す。
それは、人間はデジタル化することは出来ないんだ、と言っているのだと思う。
将来的に人間を重要な情報だけ抜き出してデジタル化する事は可能かもしれないが、しかし、そうする事によってその人間の重要な部分が必ず抜け落ちてしまう。
私たちの築いていく人間関係は、技術の進歩に伴ってどんどん合理的にデジタル化されていき、無駄がなく便利になった反面、どんどんと付き合いの中身が空疎化していっている。
そしてその事を特別に意識することなく、テクノロジーは生活に浸透してきている。これから先はどうなっていくのか・・・
と、こんな風に僕はたまにでも世の中について考えていきたい。

引用

「俺の小説が、過去に映画化されたのは知っているだろ」
「知らなかった」
「なったんだよ。その時にだ、俺は痛感したね。小説にとって大事な部分ってのは、映像化された瞬間にことごとく抜け落ちていくんだ」
「どういう意味だよ」
「映画の上映時間を二時間とするだろ。その二時間に、一つの物語を収めようとする。そうするとどうするか」
「どうするのさ」
「まとめるんだよ。話の核となる部分を抜き取って、贅肉をそぎ落とす。そうするしかないわけだ」
井坂好太郎は自分の発言に酔うかのようだった。コーラで酔うのかおまえは、とからかいたかったが、
彼は至って真剣な面持ちを崩さないので、からかいにくかった。「粗筋は残るが、基本的には、その小説の個性は消える」
「おまえの小説に個性があったのか」
「渡辺は本当に面白い冗談を言うな」
「冗談じゃない」私はもう一度言う。

「突き詰めると?」
「人生は要約できねえんだよ」
私は、その場の快楽と思いつきでのみ行動しているような井坂好太郎から、「人生」という単語がでてきたことに衝撃を受けた。「人生を要約?」
「人ってのは毎日毎日、必死に生きてるわけだ。つまらない仕事をしたり、誰かと言い合いしたり。
そういう取るに足らない出来事の積み重ねで、生活が、人生が、出来上がってる。だろ。
ただな、もしそいつの一生を要約するとしたら、そういった日々の変わらない日常は省かれる。
結婚だとか離婚だとか、出産だとか転職だとか、そういったトピックは残るにしても、日々の生活は削られる。
地味で、くだらないからだ。でもって、「だれそれ氏はこれこれこういう人生を送った」なんて要約される。
でもな、本当にそいつにとって大事なのは、要約して消えた日々の出来事だよ。それこそが人生ってわけだ。つまり」
「人生は要約できない?」
「ザッツライト」

「自分たちのはめ込まれているシステムが複雑化して、さらにその効果が巨大になると、人からは全体を想像する力が見事に消える。
かりにその、「巨大になった効果」が酷いことだとしよう。
数百万の人間をガス室で殺すようなやつだとしよう。その場合、細分化された仕事を任された人間から消えるのは、「良心」だ」
「まさに、アドルフ・アイヒマンか、それが」岡本猛がストローで氷をまた、かき回しはじめた。
「じゃあ、その仕組みを作った奴が一番、悪い奴だ」
「機械化をはじめた奴が? 誰だよそれは。それに、仕組みを作った奴だって、たぶん、部品の一つだ。
動かしているのは、人というよりは目に見えない何かだ」
「目に見えない何か、とはまた、胡散臭い」岡本猛が皮肉めいた言い方をしたが、井坂好太郎は怯まなかった。
「より高い生産性を、より効率的に。もっと生活を楽に。そういった目に見えない、大きな原理があるんだよ。
たとえば、いいか。国家ってのは、国家自体が生き長らえることが唯一の目的なんだ。
国民の暮らしを守るわけでも、福祉や年金管理のためでもない。国家が存続し続けるために、動く。
政治家もそのために動く。そう考えれば、国民が、「国民の生活を無視している」と国に怒りをぶちまけるのは本来、おかど違いなんだ」

彼の指す危険とは、いったい何であるのかは定かではない。ただ、彼が警戒し、少なからず怯えていることは伝わってきた。
読んですぐに分かるようだったら危険だ、と彼は認識していた。つまり、読んでもすぐには分からない内容のものを書いたということなのだろう。

ブランド創始者、ジョルジオ・アルマーニの遺した名言、という文章が飛び込んできたのだ。
曰く、「私は偽物が嫌いだ。見せかけの真実は見たくない」とある。
見せかけの真実は見たくない。
その瞬間、ディスプレイの向こう側の文字の中に、井坂好太郎の声を聞いたような思いに駆られた。
「そうだ、俺は見せかけの真実は見たくないのだ」と彼が喚いている顔が目に浮かぶ。
私は自分の鼓動のリズムが早くなっていることに気づいた。
慌てて、原稿をめくり直す。もしかすると井坂の真意はこれなのか? 彼は、小説で何かを訴えようとしていた。
そして、それをそのまま書くことは危険だと認識してもいた。だから、井坂好太郎は自分の伝えたいメッセージを小説の外側に隠した。
そうではないだろうか。
小説の外側とはどこだ?
ネットだ。インターネットには様々な情報が存在している。検索を行えば、その情報に辿り着く。
だから、自分の小説の中にはその辿り着くためのヒントを埋め込み、つまりは検索すべき単語を忍ばせ、あとは読んだ人間に検索をさせ、そのメッセージを見つけさせる。

「情報なんて隠す意味がないってね、潤也君はいつも言ってたよ」
「情報を隠す意味が?」当の安藤潤也が、お金に物を言わせ、あちらこちらから情報を得ていたというのだから、それは矛盾した意見にも思えた。
もしくは、自分が大量の情報に触れていたからこそ、そう言い切れたのだろうか。
「情報テクノロジーが進化すればするほど、みんなが情報に対して、神経質になるでしょ。
個人情報は必死に隠すし、できるだけ情報が外に漏れないようにって努力する。
一方では、そういった情報を売り物にしたり、利用したり、とにかく情報で世の中は動いていると勘違いしがち」愛原キラリの口は滑らかだ。
「勘違いなんですか? それ」
「だってさ、人間は情報ではできてないのよ。その人の情報がどれだけ集まっても、その人間はできあがらない。
逆に考えれば、情報がいくら漏れても、実はその人間が死ぬようなことにはならないはずなんだって。
ほら、あの漫画家の手塚君がそうでしょ。いくら、情報が漏れて、情報が捏造されても、元気に生きてる」

「奥さんの言う通りだな」五反田正臣はそこで微笑むと、すっと息を吸ってから、「人生を楽しむには」と言った。
「人生を楽しむには、勇気と想像力とちょっぴりのお金があればいい」
「何ですかそれ」
「チャプリンの台詞だよ。「ライムライト」だな、確か。チャプリンが演じる喜劇役者がそう言うんだ」

(2011~2014年頃、執筆)