過防備都市 
五十嵐太郎
中公新書


誰かに見られている事より見られていない事に不安を感じる。
これはケータイやインターネットの普及により、繋がっていない事が不安となるのに似ている。
偏在する監視カメラは、主体のあり方を受動的なものに変容させる。
また、映画「トゥルーマンショー」のように日常生活が本人に気付かれないように全世界に生放送され、街全体がスタジオになっており、至る所に隠しカメラが設置されているという状況は、監視カメラの偏在による超監視社会のリアリティを与えている。
そして、カメラ付き携帯により、街を歩く人々の一人一人が監視カメラとなっている。
近年、警察は民間活動との協力を掲げており、防犯パトロールなどの自警団の活動が活発化してきている。
また、防犯グッズもテクノロジーの進化により高度化している。
携帯電話を使い、外出先でも自宅への訪問者に対応出来る「モバイルテレビドアホン」などが発売されている。
また、赤外線で人を感知し飼い主の携帯電話に連絡する、というロボット番犬も約二百万円と高額ながら売られている。

引用
データ化される身体
SF映画「ガタカ」は、毛髪、皮膚、血液などから、瞬時に人間を特定する近未来の管理都市を描く。
フランク・ロイド・ライトの設計したマリン群庁舎ビルが、主人公の勤め先のオフィスとして効果的に登場する。
身分は名前や見かけではなく、遺伝子レベルの情報によって確認されるのだが、彼はそのシステムをかいくぐろうと試みていた。
特定の疾患にかかりやすい人間は、あらかじめ排除されてしまう。それは統計学と遺伝子工学が結びつき、リスクを回避する社会だ。
「ガタカ」は、バイオメトリクス(生体認証)のデータによる管理の特徴を、的確に言い当てている。
社会学者の渋谷望によれば、「予防的テクノロジーは、全人口=住民をターゲットとしつつ、そのなかからリスク・ファクターの組み合わせによって、特定のハイ・リスク集団を、システマティックに「予め探知すること」である。
そして各個人の姿を直接見ることなく、個人情報の集積と分析により、観察してモニターすることを新しい監視様式だという。
ドゥルーズは、監禁から管理への移行を指摘しつつ、以下のように対比する。
「監禁は鋳型であり、個別的な鋳造作業であるわけだが、管理の方は転調であり、刻一刻と変貌を繰り返す自己=変形型の鋳造作業に、あるいはその表面上のどの点をとるかによって網の目が変わる篩に似ている」。また規律が鋳造貨幣だとすれば、管理は変動相場制の数字だろう。

(2011~2014年頃、執筆)