コズモポリス   
ドン・デリーロ
上岡伸雄訳
新潮社


現代アメリカ文学最高峰のデリーロ、2003年の長編。
あらすじ。
エリック・パッカーは28歳、株式や通貨のアナリストで資産運用の会社を経営している。
彼にはオフィスはあるが、仕事をするのは主にハイテク機器を搭載した超大型リムジンの車内だ。
そして、ニューヨークを移動しながら相場の変動をチェックして、毎日医者の健康診断を受ける。
また行く先々には愛人が居る。彼の個人用エレベーターには、ブルーサ・フェズというラップミュージシャンの音楽が流れる。
この日、街では暴動が起き、車が燃やされ、ある男は焼身自殺をする。そして、ブルーサ・フェズが死んだ。
エリックは、個人資産をほぼゼロになるまで失う。その後、エリックは命を狙われ脅迫されていたにも関わらず、ボディーガードのトーヴァルを射殺する。
ベノ・レヴィンは告白する。ベノ・レヴィンは会社を解雇され、男を殺した後、日記を綴る。彼は次にエリックを殺そうとするのだが・・・。

人間の存在はデータに変換できない。その人間が持っている身体性は決してデータには変換できない。
だが、テクノロジーは人間をデータに変換しようとする。エリックは肉体的な痛みを通して自分自身を知ろうとする。
労働とはエリックにとっては、チャートの分析でしかない。エリックは何を手に入れ何を失ったのだろうか? 
一般人が絶対手に入れることが出来ないような財産を手に入れ失ったが、それはきっと重要ではない。
日本の円の動きを捕まえきれなかったことが重要なのだ。経済の法則も人間の法則も同じように考えてきたのだろう。しかし、そうではなかった。
エリックは、ある使命に燃えて死んでいく人間にはなれなかった。ある意味、最後に目の前に居る自分を殺そうとしている男が、羨ましかったのかもしれない。
この物語によって、一般市民とは全く違う感覚で生きている大金持ちではあるが、一般の大金持ちとは違った感覚で生きている男の人生を、仮体験することが出来る。
そして、その人生は虚無感に満ちている。
というより、もはや人間の生きる情熱といったものは、主に貧困という形でしか生じないのかもしれない。
そういった虚無感を唯一克服する事が可能なのは、詩などの芸術ではないだろうか。

引用

彼はどの車も見分けがつかないという事実を気に入っていた。そういう車が欲しかったのだ。
というのも、それが観念的なレプリカのように思われたから。その大きさにもかかわらず重みがなく、物体というよりは思想であるようなもの。

「あなたって、気に入った絵画のすべてに自分自身を見るんじゃないの? 放射された光が自分を貫くように感じるのよ。
それって、あなたには分析できないし、はっきりと話すこともできない。その瞬間、あなたは何をしているのかしら? 
あなたは壁の絵を見ているの。それだけ。でも、それによってあなたは自分が生きていると感じるの。
絵があなたにイエスって言うのよ。あなたはここにいるって。それからそうよ、自分にはこれまでわかっていた以上に深くて愛しい部分があるって」

ここから見ると、タワーは空っぽに見える。彼はこの考えが気に入った。タワー群は最後の高層ビルとして造られた。
空っぽに造られ、未来を早めるために構築されたのだ。タワー群は外部の世界の終わり。正確には、タワーはここにない。
未来に存在している。地理を超えた時間に。手で触れられる金と、それを積み上げて数える人々を超えた時間に。

「あれは独創的じゃないわ」と彼女はついに言った。
「おい。独創的って何だ? やつはやってのけたんだぜ。そうだろ?」
「あれは盗用なのよ」
「やつはガソリンをかぶって、マッチに火をつけたんだ」
「すべてヴェトナムの僧たちがやったことよ。次々にやったのよ、蓮華座の姿勢で」
「苦痛を想像してみろよ。あそこに座って、感じてみな」
「自分たちを生け贄にするんだわ、際限なく」
「何かを言うために。人々を考えさせるために」
「独創的じゃないわ」と彼女は言った。
「自分の行動を真剣に考えてもらうためには、仏教徒じゃなきゃいけないって言うのか? やつは真剣にやってのけたんだぜ。
自分の人生を犠牲にしたんだ。それこそ、やらなきゃいけないことじゃないのか? 自分が真剣だってことを示したいときに」

彼は言った。「俺をスタンガンで撃ってくれ。本気だ。銃を抜いて撃ってくれ。おまえにやってほしいんだ、ケンドラ。
どんな感じがするのか知りたい。俺はもっと強い刺激を求めてるんだ。まだ俺が知らないことを教えてくれ。
電気ショックを俺のDNAにまで響かせてくれ。さあ、やってくれよ。引き金を引いてくれ。狙いを定め、撃ってくれ。
この武器がもっている最高のボルト数を出してほしいんだ。やってくれ。撃て。今だ」

相場はいたるところで急落している。銀行の破綻は広がっている。彼は加湿貯蔵箱を見つけ、葉巻に火をつけた。

彼はポケットをまさぐって、小銭を捜した。なんだか自分がバカみたいに、少し恥ずかしいように感じられた。
惑星に植民できるほどの金額を儲け、それを失ったのだから。しかし、女は剥がれた靴底をパタパタいわせながら、通りを歩いていった。
そして彼はズボンに硬貨も札も見つけることができなかった。書類の一枚も見つからなかった。

声がついに止まった。聴衆はイベントが終わったのだと考えた。
彼らは震え、疲れ果てていた。破産することに対するエリックの歓喜は、ここで祝福され、承認されたように思われた。
彼はすべての感覚を取り除かれ、残っているのは際立った落ち着きー無私で自由に感じられる宿命感ーだけだった。
それから彼は自分自身の葬式のことを考えた。それが無価値で哀れなものになると感じた。

安置された自分の遺体をいったい誰が見に来るだろう?(「安置」なんて防腐処理をして保存した死体に匹敵する古臭い表現だが)
彼が破滅させた人々が、その恨みを焚きつけに来る。かつて彼が「くず」と呼んだ者たちが彼を見下ろし、ほくそえむ。
彼はミイラ・ケースに入れられ、化粧を施された遺体となるだろうー生き延びた者たちが嘲ってやろうと思うような遺体に。

彼が銃を藪に投げ捨てたのは、なるようになればいいと思ったからだ。銃は小さな、実際的な物にすぎない。
彼はあらかじめ決定された事の成り行きを信用したかった。行為はなされたのだから、銃は捨てられなければならない。

彼は何も考えずに銃を藪に投げ捨てたが、それはなんと気分のいいことだったろう。男を亡き者にし、銃を捨てる。もはや考え直すには遅すぎる。

俺は毎日恥ずかしい思いをしている。日に日に恥ずかしい思いは増す。しかし、俺は残りの人生をこうして過ごそうと思っている。
-いま生きている空間で、こうしたメモを、日記に書き続けながら。自分の行動と思考を記録し、そこに何かしらの名誉を見出す。
底辺の物事に価値を見出す。俺は一万ページ書きたい-世界を停止させてしまうような一万ページ。

人々は夜の最も静かな時間に自分が何者であるかと考える。俺もそう考える。そう考える子供の不可思議と恐怖。
俺は自己の魂の中にその巨大さを感じてしまう -人生の一秒ごとに。 

しかし、彼の痛みは不滅への夢を妨げていた。それは彼の特異性を決定づけるものだ。
迂回するには激しすぎ、彼の考えでは、コンピュータの模倣に屈することはあり得ない。
彼という人間を作り上げているものは、名づけることができないし、ましてデータに変換することもできない。
それは彼の体で生き、駆けめぐっている。

彼は空間をじっと見つめた。何が欠けているのか理解できた。肉食獣のような衝動、彼を日々駆り立てていく大きな興奮の感覚。
生き抜こうという純然たる、目くるめくような欲求。

(2011~2014年頃、執筆)