夜明け間近になると、天気も一変、風も出てきて雨も降り出してきました。下の社殿で事前に予約をしていれば宿泊もできたようですが、私どもは車中泊をしました。
……が、相方のいびきがうるさく自分は一睡もできず(ーー;)。 ← 運転手
まぁそれも想定内だったので(笑)、
雨がやむのを見計らって、壮麗な奥宮の社殿を写しながら早朝の散策。
朱塗りが多いためか、いかにも稲荷系の神社という感じがしますが、
確かにここ宝徳大社の正式名称は、「寶徳山稲荷大社(ほうとくさん・いなりたいしゃ)」
といいます。ご祭神は、天照白菊宝徳稲荷大神、日本古峰大神、八意思兼大神。
その歴史は古く、縄文までさかのぼるというから更に驚きです。
神武天皇に帰服した物部氏の祖・ウマシマジの祖先である殷帝之大王(いててのひみこ)の命により、物部美万玉女命(もののべの・みのわひめのみこと)が、
ここ「瓊名(ぬな)の里」に日之宮(現・奥宮)を建立した時より、
連綿として今に至るとあります。
……おお、物部系。「瓊名(ぬな)」の「瓊(ぬ)」という字には、「玉」の意味があるようです。
物部氏が守り伝えてきた古神道の儀式にも、「御魂(みたま)振り」という鎮魂の神業が存在しますが、三種の神器の八尺瓊勾や、日本神話の天之瓊矛にも、
「瓊(ぬ)」という字が含まれていますね。
また、この丘陵一帯には古墳も数多くあることから、瓊名の里全体が古墳群の中にあると言ってもいいそうです。個人的に古墳にも興奮しますが、最初に地図でこの場所を確認した時、「国際石油開発帝石採掘場」(上の写真)にも目がいきました。
調べてみれば、この一帯にガス田が点在しており、
この隣りの採掘場も元々は宝徳大社の敷地だったみたいです。
日本国内最大級の天然ガス生産施設で、ここで精製された天然ガスはパイプラインを使って
甲信越および北関東へ送り出されているようです。
昔からエネルギー的な面に於いても重要な聖地だったのではないでしょうか。
中には、火の鳥の正体はガスではないのかと述べている人もいるようですが(タイの火の玉でも現地の専門家がガスではないのかと同じことを言っていましたが)、特定の日に特定の場所で特定の時間に数多くの光る物体が現れるのには説得力に欠けるものがあります。
やはり私には宇宙的な力が働いているようにしか……。
例えガスだったとしても、
V字編隊や羽をパタつかせて飛ぶ鳥型・クリオネ型のガスがあるのかは知りませんが、
そこには天の方々の何かしらの力が関わっているようにしか思えてなりません。
それからこの日の朝、ちょうどこの場所(左の写真)に立った時、「あれ、ここって……」と、
2年くらい前に見ていた夢に似ていることを思い出しました。
まだ宝徳大社の存在を知らなかった頃の夢ですが、
ずっとどこの夢なんだろうと気になっていました。
車で見知らぬ場所へ向かっていて、そこへ着くと中央に木がある駐車場に立って、
目の前の派手な社殿を眺めている、そんな夢でしたが、
こうした正夢やデジャヴは、滅多にあるものではないので、
おそらく体脱してここの霊夢を見ていたのかもしれません(呼ばれていた?)。
無料でいただける供物。みかんは、この日の朝ごはんの一つとしてありがたくいただきました。
右は、私も昔からよく食べている新潟で作られているお菓子の特注品(パッケージ)ですね。
火の鳥(金鳥)がプリントされてあるのもありがたみを感じられていいですね。
来年は酉年ですし、鳥インフルエンザが早く収束することを願います。