3rd[かくも恐ろしき争いは無し]
僕が叩かれる扉を見ると、ゆっくりと少しだけ開けて人の声が聞こえた。
「借りてた砂糖、返しに来た……」
そう言って中を覗き込んできた人は、銀の髪をして、瞳が蒼い日本人離れした外見の少年だった。……男の子でいいんだよね?
「……君、誰?」
「あ、初めまして!新しく管理人になった来島草太郎です」
「僕は、如月レイ……はじめまして」
僕が挨拶をすると、向こうも名前を名乗ってくれた。
どうやらこの人も、このアパートの住人らしい。
よかった。本当によかった……!住んでいる人たちが皆、涼風さんみたいな人だったら僕、死んだお父さんを死した後も恨むところだったよ!?
そんなことを思っていると、向こうで僕にお茶を入れてくれていた風さんもやってきた。
(いや、彼女の部屋なんだから、客人が来たら出迎えるのは当たり前なんだけどね)
そのすぐ後、僕のお父さんへの恨みは確実なものになった。
お父さん、モットーが『人生サプライズ』なのはいいですけど、息子を巻き込まないで下さい。
本当にお父さん……ある意味、貴方を尊敬しますよ。無駄に。
「あら、どうして如月君がいるのかしら?」
「星野……。借りていた砂糖、返しに来た」
風さんは僕にどうぞ、とお茶を目の前に置いてレイ君の前に砂糖を受け取りに行った。
それにしても、一日に同じような光景をこんなに短時間で見るとは思っていなかった。
しかし、みんなで調味料貸し借りするなんて、どれだけ調味料難民がいるんだよ!
「あ、ちゃんと……買いなおしといた。……いつもすまない」
「いいえ、いいのよ。……あら?」
問題はここからだった。
まさか、このやり取りをみているときはあのようなことが起こるとは誰も想像しまい。
風さんが手渡されたスーパーの袋からは、どこででも見られる某大手企業の、ロゴがついた砂糖であった。
一見すると、何て事がない光景だろう。だが、僕達には何て事が無くとも、彼女には大問題だったらしい。
「如月君、コレうちで使ってる砂糖のメーカーと違うんだけど?」
それはもう、素敵な黒い笑顔で言う風さん。
それに対して、表情を微動だにせず、淡々と言い返そうとするレイ君。
はっきり言って怖いからね、二人とも!!
「砂糖は……わからない。だけど、砂糖買う人、皆それ、買ってた」
「だから、我が家はコレじゃないのよ!」
少しだけ、声を大きくして言った風さんにレイ君は、不満そうに言った。
「……砂糖は……砂糖だ。」
最後の一言が引き金となった。そこから先は……両者無言だった。
そう、無言なんだ、無言なんだけど、怖いんだ……!
そう、いわゆる冷戦。うん、そんな感じ!
僕を挟んでお互いがにらみ合っている。
いや、性格には風さんが微笑んでいる(って言っても、明らかに歓迎ムードじゃないよ)から、睨んでいるのはレイ君だけだった。
しかも、レイ君はレイ君で、表情が変らないので睨んでいるというよりは、ただ見ているだけにも見えるけど。
それよりも、間に挟まれた僕はどうすればいいの!?
「まったく話にならないわね」
「……そっちこそ」
お父さん、今更ながら貴方がなぜ僕にこのアパートを残したかわかりました。
貴方は……死んでまでも僕を困らせて楽しみたかっただけでしょう!
「草太郎、どこか行く……?」
「え?」
不意に話をふられてびっくりした。
そもそも、今までの話と何の脈略も無い。
僕が少し答えられないでいると、レイ君は僕が答えるまできっと見ていると思われる視線を投げかけてきた。
……これは、質問というよりも無言の尋問ですよ、レイ君。
「あ、はい。他にこの竜宮荘に住んでいる人に挨拶をしようと思ってます」
「ふうん……誰に、した?」
よくよく考えると挨拶というほどのことをしていないような気がする。
……いや、違うか。皆と挨拶以上の濃いコミュニケーションを取ってしまった。
来て早々、僕は何をしているんだろうな。
「風さんと、レイ君。…………それと、涼風さん」
「洗礼……受けたんだ」
最後に名前を出したことによって、何となく何があったのかレイ君は察してくれたのか、それ以上は追求してこなかった。
ありがとう、今はその優しさが嬉しいよ!だって、だって!
ファ―ストキスがあれとか……。誰だって話したくないよ!
「じゃあ、1階、終わり……次、僕を含めないで、2階の人だけ……」
あれ……?ちょっとした疑問が沸いた。
レイ君が「僕を含めないで」って言ったっていう事はつまりレイ君は2階に住んでいるということだ。
だけど、1階には確か4部屋あったはずで、僕が尋ねたのはまだ2たったの2部屋だ。
「ねえ、残りの2部屋は?」
「「空き部屋……」なんですよ」
二人に同時に同じ事を言われてしまった。
「あら、真似しないで下さる?」
「……そっちこそ」
結局冷戦は起こってしまうのであった。
仕方が無いので僕は無理矢理割り込んでいった。
どうやら、この二人は(似てないけど)同属嫌悪らしい。
「僕はもう帰る……行こう、草太郎……」
「あ、はい。それでは、風さんこれからよろしくおねがいします」
風さんがこちらこそ、と言っている間に僕はせっかく入れてくれたお茶を一気飲みにした。
……やはりすっかり冷めてしまっていた。
そういう訳で、僕は残りの部屋を後にして、レイ君と階段を上って2階へと上がった。
next…
結城