60ヶ国の留学生が通う国際大での人種差別事案とごみ処理施設建設計画は密接に関係している | 小学校時代に学級委員に7回立候補して7回落選した僕が勝てるはずのない市長選に挑戦することになりました

小学校時代に学級委員に7回立候補して7回落選した僕が勝てるはずのない市長選に挑戦することになりました

令和5年12月18日午前10時から市役所2階の大会議室で出馬発表会をします!120億円溜まった基金で、自殺率や水道料が高い南魚沼市の市民の生活費をとことん下げます!

 大学の敷地内にごみ処理施設の建設計画が浮上している「国際大学」内で、人種差別的な内容を含んだ投書を職員が学内の掲示板に貼り付けていたことをネットニュースで私が記事にしたら、フジテレビや読売新聞などのメディアも後追いをして報じ、大きなニュースになった。

 

 

 今回のごみ処理施設建設計画では、建設候補地から一番近くに住む国際大の学生たちへの住民説明会が当初計画されないなど、彼らが「住民」扱いされない現状が浮き彫りになったが、私は、これこそが、今回の差別事件を引き起こした原因の一つだと思っている。

 

 今回の事案を受けて、大学は当初、私の取材に対し「大学に差別はない」という見解を示していた。しかし、数日後に取材した他の大手メディアに対しては「差別を容認したと捉えられても仕方のない軽率な行動」と180度異なる見解を示した。

 

 私の家は、国際大から1キロ。私の様な地元のフリーライターより、東京に本社を置く大手メディアの記者に低姿勢になるこの大学の対応は、大学と周辺住民の間に大きな溝があることを端的に示している。

 

 1982年に開学した国際大の建学の理念には、明確に地域住民との共生の大切さが記されている。大学の敷地は、戦後に入植してきた地元農家らが、「国際学園都市」を作るという行政からの要請を受け、必死に開墾した土地を安く売り渡したものだ。そのため、建学の理念には「地域社会の強い支援を背景に誕生した私学で」、「(学生生活が)地域社会との交流を通じてより多様且つ有意義なものとなるよう努力する」と明記されている。テニスコートや体育館などの施設は、大学関係者が一緒なら、予約なしで誰でも無料で使うことができ、夜12時まで開いている図書館も誰でも利用可能だ。学生寮の1室は地元のボランティアグループに開放されており、毎週火曜日に日本語サロンが開かれる。体育祭では学生有志でつくるチームが10競技以上のスポーツで競い合い、各チーム5人まで地域住民を登録することができる。これほど地域に開かれた大学はなかなかないだろう。

 

 しかし、開学から37年がたち、国際大が地域に溶け込んでいるかと聞かれて「はい」と答える地域住民に会ったことがない。学長の名前を言える地元住民はほぼ皆無で、逆に、魚沼地域に2年暮らして「コシヒカリ」の意味を知らずに帰国していく留学生たちは多い。

 

 開学当初、学生の半数以上が日本企業から派遣された日本人学生で占められていた。しかし、90年代以降、企業に経済的余裕がなくなり、今では日本人学生は全体の1割にも満たない。 

 

 減少する学生数を補うため、大学は政界との太いパイプを作り、日本政府が途上国支援の一環で招き入れる研修生の主要受け入れ先となっていった。国連代表部次席大使だった北岡伸一氏が2012年に学長に就任し、2015年に大学は日本政府の開発援助の実施機関である「JICA」(日本国際協力機構)と連携する「覚書」を締結。同年、北岡氏がJICAの理事長に就任した。

 

 現在、約350人いる学生のうち、何と、200人近くがJICAの研修生として来日した途上国出身の学生たちだ。彼らの渡航費、生活費、そして学費などだけで年間1億円以上の税金が使われている。350人規模の大学としては異例の額で、私立大学ではあるが、「私設公営」、「JICA大学」などと揶揄される。

 

 JICAの研修生は車の運転が許されない。大学周辺は完全な車社会だ。最寄りの駅まで徒歩40分、飲食店まで徒歩15分、コンビニまで20分。駅などの主要地を巡る1時間に1本の大学のバスが学生たちの生命線だ。(週末は1日2本しか走らない)。豪雪地帯のため、冬は車以外での外出は困難になる。

 

 

また、多くの研修生は母国の政府機関や大企業の職員で、2年の研修期間を終えれば、母国へ帰ることが義務つけられているため、学業が優先になり、日本語を真剣に学ぶ余裕はない。

 

 これにより、ほとんどの住民が車を持ち、英語ができる人が少ない人口5万6000人の南魚沼市に、日本語が話せず、運転ができない人が大多数を占める「陸の孤島」が出来上がった。大学から徒歩5分の所に住む40代男性は「子どもの頃はよく大学に遊びに行っていた。日本人学生の子どもたちと遊んだりした。でも今は日本語ができる人が少なくなって大学に行く機会がめっきり減った」と言う。

 

 中には地域社会に溶け込みたいと、キャンパスの外に住みたがる学生もいるが、「全寮制」をPRしたい大学は、今年2月、キャンパス外に引っ越すことを原則禁止とする通達を全学生に出した。

  

 すでに記したが、大学幹部は南魚沼市に在住していない。そのため、学長や理事長が自治体幹部らと地域活性化策について意見交換する機会はほとんどない。「国際学園都市」構想があったにもかかわらず、市の広報誌で英訳される部分は皆無で、市長と市民の座談会も通訳を入れて開催されることはない。新潟県内の自治体で外国籍住民比率が一番高く、60ヶ国から優秀な人材が暮らしているにも関わらず、彼らの意見が地域活性化策に反映される機会が乏しい。

 

 国際大の幹部は大手商社の元幹部や一流大学の名誉教授など、政財界の重鎮たちだからか、大学の職員は、地元住民からの要請に対しては、傲慢な対応をすることがある。

 

 国際大の近くに「坊谷山」と書いて「ぼたんやま」という山があるのだが、大学が学生宛てに書いたメールに「Boya」と記載されていたことがあり、私がメールで間違いを指摘した。「ご指摘ありがとうございます」と返事が来るかと思ったら、「大学では開学以来、Boyaと記してきました」と返答がきて、ショックを受けた。

 

 新ごみ処理施設建設計画に関し、周辺住民が2018年6月、国際大の常務理事に用地買収をしないよう求める請願書を手渡し、書面での回答を求めたが、大学は2019年6月15日時点で返答をしていない。この計画に関し、大学は一度も、周辺住民から意見を聞く場を設けていない。

 

 言語と交通手段の壁があり、大学幹部と地域住民の間には溝があり、(特に冬は)学生の多くはキャンパス内で1日の大半を過ごす。中には、精神的ストレスを抱える学生も出て、人間関係に悩み、こういった差別事案を招いたのではないか。

 

 これは国際大と南魚沼市だけの問題ではない。繰り返すが、国際大の運営には、私たちの税金がたくさん使われており、大学は国内でも最大規模の途上国支援施設だ。60ヶ国との外交関係にも大きく影響する。

 

 日本の地域活性化策について彼らの意見を聞く場を奪い取っては、本当の意味での友好関係は作れない。今一度、国際大学の開学当時の理念に立ち返り、日本全体で、本当の意味での「人材育成」と「友好関係」を築こうではないか。

 

 国際大学には、できる限り、南魚沼市に定住してくれる方を幹部に招き、学生に住居選択の自由を与え、自治体や周辺住民と意見を交わす場を定期的に設けてほしい。

 

 JICAには、研修生に車の運転を認めるようにしてほしい。

 

 南魚沼市には、英語で市政報告する機会を増やし、国際町の住民を地域づくりの核にしてほしい。

 

 日本と途上国の橋渡し的存在である、国際大学で差別事案を再発させないためにも、ごみ処理施設建設計画などの地域の課題については、どうか彼らの意見を最大限尊重してあげてほしい。

 

(国際大の学生が雪かきボランティア隊を結成した時)

 

国際大の学生による地域貢献活動について知りたい方は以下の記事を参照してください。

 

アフリカからの留学生が自費で新潟から広島へボランティアに行きます

 

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