先日、「ああ、一つの時代が終わったなあ」ということを初めて
感じました。人生25年間を生きてきて初めて、”時代”という言葉が
自分にとって理解可能なものになった、時代が動くのを感じた、
そんな感覚にとらわれました。
といっても私のいう”時代”は鎌倉時代とか江戸時代とか、
後世から見た歴史的な区間のくくりとしての”時代”ではなくて、
もっとプライベートな時代の動き。それは、自分の成長を長年
見守り続けてくれた人がこの世を去っていくという誰もが経験
することを通じてなのですが。
例えば子どもの頃、 車の後部座席に乗って、安心しきって
道中ずっと眠っていられた妙な安心感。
両親に叱られてもなお、祖父母が無条件に守ってくれる
という子どもながらの経験則と淡い期待。
毎休み大勢の家族がワイワイ集まる賑やかさと幸福感。
そういうものが再び訪れるとするならば、それは自分が今度
は与える側になる時なのだなーという、これまた当たり前の
ことを、まざまざと思い知らされました。幸せのカタチは
同じカタチではもう訪れてくれない。小さい時の無条件に
委ねられる感覚って、今になってみるとすごく希少に思えます。