梅田望夫×茂木健一郎の対談集『フューーチャリスト宣言』(ちくま新書)をさっそく読みました。


本当に今は面白い時代に生きているんだな、というのが読後の実感です。

茂木さんは「グーテンベルグの活版印刷技術の開発」なんかよりももっと

もっと大きい枠組みで、このインターネット社会を「言語以来の革命」(!)

だととらえられているようで。


そこまで言うか!と驚嘆の思いですが、でもそうかもしれないと妙に

納得します。メディアという中で仕事をしていると、ものすごく複雑な思い

にとらわれるのは、やっぱり既存のメディア価値が将来的にどのように変貌

していくのかという未来像です。

 

現に、メディアなんかに属さなくても、個々人でブログを通じて意見の発信

はできていくわけで、そういう意味ではメディアを含め、何かに所属している

ことの意味というのが相対的に低下していくのではないかという思いにとらわ

れます。(このへんのことは本の中で指摘されていた)

 

 もちろんメディア露出することで知名度があがり、結果的にその人の

ブログへのアクセスが増え、コメントなどのフィードバックも増える好循環を

生む、という意味では既存のメディアの役割というのはまだまだ大きいとも

思いますが。

 

 でも、内部にいる立場で思うのは、大きな組織体にしばられてメディアとして

発信できることは各社の思想カラーによって縛られてしまい、結果的に

フラストレーションは絶えず抱えがちだということ。そんな縛りをとっぱらって

自分で発信したいことはあっても、ブログを通じて匿名で何かを書くことで、

そのフラストレーションを少なからず発散するのが精一杯。

 だから、本当に本当に有益な情報なり自分の考えなりを伝えるには、

とりあえずメディアに属するということに大きなプラスを感じられない

という自分がどこかにいたりします。もちろん、普通ならば出会うことの

できない人に出会えるチャンスがあったりと恩恵が大きいのは確かな

のですが……。



 それでもう一つ本の中でああ、と思った箇所は、仕事柄なのか

「本は錨(いかり)をおろすポイント」の役割を果たすというところ。

つまり、梅田さんのブログのところには、絶えず多くのコメントなりの

フィードバックが寄せられるそうですが、日ごろコメントを寄せる人の

層が固定化しがちなところに、本を新たに出版すると、そのタイミングで

より多くの新しい人たちからのコメントが届くようになるのだそうです。 

 それに対して、「本というのはリアルの世界だけではなくて、ネットの

情報の海に、錨を下ろすポイントになるのだろう」という茂木さんの

コメントが印象的でした。



 本は情報が流動化して多くなりがちなところに、一種おもしの作用を

果たす存在であり続けるのかもしれない。雑誌は……。