月待ち。つきまち。




特定の月齢(げつれい)の日に、


仲間、近所の人が集まり、


一緒に宴会しながら、親睦を深め、


月が出るのを待ち、月に祈りを込めた。




月と日本人は、馴染みが深い。



明治以前の暦は、


太陰暦。



つまり、月の満ち欠けに合わせて、暮らしを営んでいた。



もっとも盛んだったのは、

十五夜よりも二十三夜。



十五夜=満月

二十三夜=下弦の月



下弦の月である二十三夜は、


勢至菩薩(せいしぼさつ)が持つ智慧が、


人々を苦しみから解放して力を与えてくれると信じられてきた。




全国各地に、二十三夜塔が残っている。



那須高原の殺生石付近に、

那須温泉神社がある。


敷地内、よーく見ないと見落とす階段がある。


その先に、二十三夜塔がひっそりと佇む。



この場所も、かつての激戦区だった。


兵どもが、夢のあと。





↓全国さまざまな二十三夜塔







明治になり、


暦が、太陰暦から太陽暦になり、


暮らしの基準が、


月から太陽になった。




何千年も、月を基準に生きていた私たちの体は、すぐには順応できない。


体内時計の狂い。


結果、心身の不調も増えたのではないかと、

私は考えている。




現代に残ったのは、

十五夜の風習だけになってしまった。




すなわち、


中秋の名月。





2023年は、9月29日(金)。



いにしえより、

日本人が大切にしていた月への祈り。


美しい月を眺め、

日々の暮らしに感謝する日。







信仰は、特別なものではない。



日本人は、

古来から万物に神が宿ると信じてきた。




だから、


自然の恵みに感謝し、

自然の美しさに感動する。


自然と共に生き、

自然と共に繁栄しようとした。




その心が、


英知を生み、精神性の高さを育み、


やがて、大和魂と呼ばれ、世界に轟いた。





諸国は、知った。


日本人は洗脳しにくいことを。


そして、なぜ洗脳しづらいか、

歴史を紐解いて分かった。




第二次世界大戦後、


洗脳しやすい民族に作り変えたかった。




余った小麦を大量に売りつけるためにも、

精神性の高さが邪魔だった。





そして、実行した。





神なんていない、

愛国心なんて持つべきぢゃないと。



強さの根源となっていた、

大事な信念を奪うことにした。



剣術も禁止、武士道も禁止。



少しでも、日本人の誇りを奪うことが、

洗脳への近道だった。




物質主義、拝金主義。



このような人ならば、

すこぶる洗脳しやすい。



金をチラつかせれば、

人を裏切り、国を裏切り、

なんでもやってくれるからだ。


五行の癸である私なら、

欲まみれな人ほど、

利用しやすいと判断する。



欲は、弱みになる。



その弱点をつつけば、

交渉がしやすいからだ。



逆に、

精神性が高くて、

隙がない人は難しい。


個人の利益で動かない人は、

俗物が近寄らず、

本物との出会いが増える。


対等な交渉の舞台にあがれる。





このことを、


京セラの創立者である稲盛和夫さんは、

よく理解していた。

















よーく、みてほしい。


日本人に神はいないと教えこんだ国の人は、


みんな神を信じてるから。


みんな、神に手を合わせてる。





日本人だけが、


信仰心は悪、


だと、徹底的に教えこまれた。





その影響をモロにうけたのが、


団塊世代と、団塊Jr.世代。





親の価値観を否定して、


親の英知を引き継がなかった。


歴史は途切れた。





分からなくなったから、


怪しげな宗教に、いとも簡単にだまされる。





いま、団塊世代で途絶えた文化、歴史を守ろうと動いているのは、若い世代だ。



素晴らしい子供たちが生まれた。









わたしは、中間世代、

すなわちミレニアル世代として、


生きてる祖父母から、

歴史の証言を直接聞けた最期の世代だ。



このバトンを、このまま次世代のZ世代に渡したら、苦労するのが目に見えてる。



だから、もう少しバトンの精度をあげてから、次世代に渡したい。



これが、いくつもの時代の中で、


わたしたち世代が、

やらなきゃいけないことのように感じたからだ。



ついに、ミレニアル世代が30代となり、

企業のポストで力を持つタイミングがきた。



世の中を一気に変えるタイミングは、

このときしかない。




団塊世代が盲信した夢が、

さまざまなところに歪みをもたらした。



そのツケを払う時代がやってきた。



あきらめない。


次のそのまた次の世代のために、

良い形で日本の素晴らしい文化を託したい。