走ることにハマってからここ最近は一旦走り出すとそれなりに長い距離を走るようになり、自宅を中心に気ままに街中を走っているが、最近は季節がらとても暑く、朝といえども8時を超えるとかなり日差しも強いので、当然のことながら日陰をさがしながら走るようになる。
 そのときに一番走りやすいのがいわゆる街中にひっそりとある「遊歩道」だ。
 遊歩道には緑があり、日陰もできやすいし、路面も固いコンクリートばかりでなく、土やソフトな素材の地面だったりとランナーにやさしい道だ。
 大体の遊歩道は埋め立てられた、もしくはフタをされた川や水路にそってできている。
 僕の近所には玉川上水路の上に作られた遊歩道や、神田上水の水辺沿いに作られた遊歩道があり、特に決めずに行き当たりばったりに走っていると「こんなところにもあったのか!」と小さな発見に喜びを感じることもある。
 小学生のときに授業の教材に「わたしたちのとうきょう」という冊子があり、その中に玉川上水が江戸の飲み水供給に果たした役割や、玉川上水を作った玉川兄弟の苦労話とか載っていた記憶がある。
 そんなことを考えながら玉川上水路に沿って走るのもなかなか感慨深いものだ。
 船舶免許を持っている友人が小型船で東京湾周辺をクルーズしていると、かなり街中まで水路づたいに入っていけるそうで、御茶ノ水あたりまでは余裕なのだそうだ。
 確かに「橋」とか「川」とう地名は本当にかつてそこに水があったことを示していて、銀座はかつて水路に囲まれた土地だったし、数寄屋橋だって京橋だってホントに川にかかっていた橋の名前だ。
 渋谷の宇田川町の宇田川といえば「♪春の小川はさらさらいくよ♪」の川(正確にはその支流らしいが)として有名で東京オリンピックで暗渠化したももの、いまでもその面影を辿ることができる。
 こうした水路の中には地下に潜ったり地上に出たりとしながらかつての姿を留めているところもあり、東京の真ん中にこんな場所があるのか・・・と驚かされることもある。
 こうしたいくつかの水路は関東大震災のときのがれきを使って埋め立てられたとも聞く。最近では日本橋の上を走っている首都高速の地下化など、景観の問題が俎上に上がることも多い。
 東京という街が重ねてきた歴史を感じるとともにやはり治水というのは昔も今も大切なのだと実感する。
 そんなことを考えながら今日も僕は水の記憶訪ねて走っています。
 
 

 ここ10年ほどニュース番組に関わるようになり、いろいろなコメンテーター、ジャーナリストの方々とお仕事させていただくようになった。
 それにつれ、元来エンタメ畑出身の僕は自分の知識不足、理解不足を痛感し、新聞を読んだり、専門書を読んだり、と勉強をしてきたのだが、現在の政治経済を理解しようとするときにどうしても自分の知識の欠落の中で最も大きいと感じるのが日本の近現代史に関する知識だ。
 そこで最近、高校の日本史の教科書を購入し、幕末から明治以降の章から読み始めた。するとどうだろう、その歴史の面白いこと。
 教科書なので1ページにかなり量の事実と、選び抜かれた文言による説明が詰め込まれている。「これは高校生には無理だな」と思うくらいのスピードで書き進めてあるのだが、明治維新から大日本帝国憲法が発布まで「たったの22年なんだ!」とか、自分の生きてきた時間の尺度から考えると信じられないスピードで歴史が変わっていく様を読むに連れ興奮を禁じ得ない。
 これは今日の終戦記念日、戦後67年だが、僕は昭和40年生まれなので、僕がいろいろなことを人間として憶えた昭和40年代は「たった戦後20数余年なのか!」とこれまた驚くばかり。
 それを考えると、ここ20年という時間の日本の歴史はなんと緩慢なことか!
 バブルがはじけて「失われた10年」が最近遂に「失われた20年」と言い直されることも多い今日この頃。
 その遅々として進まない日本という国の進化を止めているのはもしかすると僕らの世代なのではないか?という考えに行きついた。
 戦争犠牲者たちの上にこの平和があることを認識しつつ、高度経済成長を支えた先輩たちにもっと学ばねばならないとも思い直す。
 子供のころは「Don't trust over 30!」な青春を送っていて、自分たちは親世代よりもっといい日本を作れると思っていた。でもそれは今となっては傲慢な態度ではなかったか。
 さらに日本の歴史を遡れば明治維新以降、諸外国に占領されることなく独立国として存在できるのも、急速に国の基盤を作った先人たちのおかげであると痛感する。
 
 僕にはずっと気になっていることがあった。それは8月15日は「終戦記念日」ではなく、「敗戦記念日」と呼ぶべきではないのか?ということ。
 個人的にはやはり「敗戦」ともっと正面から向き合うべきだと思うし、だからこそ日本人として歴史を積み重ねてい行けるのではないかと思っている。
 「終戦」という言葉は平和を感じることができ、美しいとは思うが、やはり戦争に負けたのだということを様々な感情とともに今日は考える日しなくては、僕自身は思っているのである。

 自転車の寿命って何年何だろう?
 僕の自転車は6年前くらいに買ったシティバイクと呼ばれるタイプ。
 新宿の東急ハンズで5万円くらいで買った1台。
 6年前まで住んでいたマンションは屋根付きに駐輪場があったためそれほどダメージはなかったが、今の家に引っ越してからは青空駐車場のため雨ざらし。
 それからドンドンハンドルが錆びはじめた。ボディの中で塗装されていない部分だからだろう。
 ハンドルの握り手のゴムが劣化してきた。サドルは良く持っているほうだろう。
 タイヤはまずチューブがダメになり、チューブを買ってきて交換するが、今度は外側のタイヤ部分のゴムがダメになる。これくらいになると新しい自転車が買いたい欲望がふつふつと湧き上がる。
 何かの拍子に前輪が歪んだ。これを機会に前輪を交換。しばらくして後輪の空気が入らなくなり、後輪も交換。自転車本体はプジョーだが近くにはブリヂストン自転車のお店しかなく、前輪後輪がブリヂストン製品に。
 こうなると愛着がわいてくるから不思議だ。

 僕はこの前にも一台自転車を持っていた。たぶん買ったのは10年前くらいだろうか?ちょっとママチャリ風味のタイプで、買ったものの「あんまりかっこよくないな」と感じて、実はここだけの話、前のマンションの駐輪場に放置してきてしまった。
 どこにも不具合が無くて、捨てる理由もなかったし、特に愛着もなかったからかもしれない。
 どこかにそのことが引っかかっている。その自転車だけを置いてきたので「僕も連れていってよ」という声が聞こえたような気がした。
 そのときはまだ買ったばっかりだった今の自転車はそれを見ていたのかも知れない。
 だから決定的な故障や壊れたりすることもなく、ちょっとずつ不具合を起こし、捨てるという決断をさせないで「修理する」という選択をさせられる。
 困った奴だ。でもちょっと可愛い。

 人間も一緒かな、と思う。
 トラブルもなく小さくまとまっていても可愛がられない。
 ちょっと手間をかけさせるくらいじゃないと人の目にも止まらないし、親しみも持ってもらえない。
 スマートではないけれど、そんな人間になりたいものだ、と思ってみる。
 まあ、もう中年なんだから自転車に学んでいる場合じゃないけどね。