社会保障費が過去最高だそうだ。
 民主党政権のひとつの結果だろう。こども手当による増加も要因の一つ。もちろん高齢化に伴う現象でもあるだろう。でも何だかいろいろ考えるとそこには「言いにくいことが言えない」ということが原因にあるように思う。
 世の中の全ての仕事は「言いにくいことを言う」ことではないかと思っている。
 何か利益を求めて動けば、必ず誰かの不利益を生む。その折り合いをつけるために調整が必要になる。その調整には必ず「言いにくいことを言う」という行動が含まれている。
 社会保障費の増加は当然高齢化がその要因の一つ、それを削減せずに子ども手当を支給すればそりゃ増えるでしょうよ。
 「子どものために金使います、高齢者の方ごめんなさい!」と言いにくいことを言えないからこういうことになる。「老人をないがしろにするのか!」という声が上がることは当然のこと。それでもやるから「断行」という。
 「言いにくいこと」は時間が経てば経つほど増々言いにくくなる。そしてしまいには「言えないこと」になる。
 世の中の景気自体が悪いと、今まで通りでは行かなくなる。単純にもらえる金だって減って行く。そうするとやはり誰だって既得権益を守ろうとするものだ。当たり前。だからこそ「言いにくいこと」を言う必要が出てくる。
 僕は小泉純一郎元総理を支持しているわけではないが、「構造改革は痛みを伴う」と宣言して郵政民営化を実施した。この政策の評価についてはいろいろあるだろうが、少なくとも当時景気が上向きになったことは間違いないこと。
 やはり郵政関連の既得権益を守ろうというベクトルは当然働くし、その権益は議員によっては自分の支持母体になっている。そうした抵抗があっても「言いにくいこと」を言い、やりにくいことをやる。そうした姿勢が当時の異様なほどの人気の要因であった。
 
 最近仕事でも言いにくいことを言うタイミングを逃し、さらに言いにくくなり、ついには「今さら言えない」ことになりトラブルになるケースが多々ある。
 よくあるのが番組の終了告知とかである。やはり番組の終了、降板を出演者に伝えることはすごく言いにくい。だからこそ丁寧にコミュニケーションを図ることが重要だ。
 しかしその告知はどんどん言いにくくなり、それを伝えるのがギリギリになると「急過ぎる」とモメることになる。
 次の政権担当者にはぜひとも「言いにくいことを言う」政権になって欲しい。
 国民の方はそのことを受け止める覚悟は出来ていると思うのけれど。
 昨日は知り合いの脚本家の方と飲みに行ったが、その場所で若い俳優さんをふたり紹介された。
 そのふたりは20代半ば、共通していることは留学経験があることだった。
 最近日本からの留学生が減っていることがニュースになっていたが、僕個人としては身の回りに留学経験者が増えてきている印象がある。
 もしかすると短期の語学留学について言えば経験者は増えているのではないだろうか?
 僕自身は留学コンプレックスを持っている。
 高校時代の僕は洋楽好きでアメリカに漠然とした憧れを持っていた。特にニューヨークに対する憧れは強く、当時海外旅行の経験が無いにも関わらずニューヨークのことを調べたり、ニューヨークが舞台の映画を観たり。
 もちろん、家族で海外旅行に行くなどということは30年以上前の時代は珍しく、同級生を見回してみても国外に出たことがある人はほとんどいなかった。
 そんな環境で海外経験をしようと思うと方法は留学しかなく、それも費用があまりかからない交換留学のホームステイがベストと思われた。
 しかしながらその計画は親と教師の反対で諦める結果となった。その理由は「アメリカの高校はレベルが低いので帰ってからが大変だ」「海外の高校の単位は日本では認められないので1年留年することになるのでメリットが無い」「留学など大学に入ってからすればよい」などという事だった。
 素直で、今一つ意志の弱かった僕はそのアドバイスに従い留学を諦めた。
 ところがその少しあと、高校の同級生がそのシステムを使って交換留学し、1年後戻ると単位が認められ遅れることなく元の学年に復帰、英語が得意になった彼は現役で大学に合格、僕は浪人するという結果に。
 自分の責任もあるがことごとく想像と違う展開に、やはり自分の意志を貫けばよかった、と後悔したのだった。
 その後一浪して大学入学後は音楽にハマったため、留学をすることなく終わったのだが、いまだに留学経験者を前にすると少しほろ苦い感覚を思い出して、後悔と羨望の入り混じった複雑な気持ちになる。
 
 まあ、個人的な思い出はともかく、自国以外の文化に触れることは人間の発送を豊かにすると言われているし、留学に限らず、海外で暮らす経験は単に語学のスキルが上がることにとどまらず、視野を広げ柔軟さが養われることは想像に難くない。
 「イノベーションのDNA」(クレイトン・クリステンセン、ジェフリー・ダイアー、ハル・グレガーセン著)によると、海外での生活経験、異文化体験をしている人の方が『イノベーション力』が高いという。
 誰もが留学できる環境にあるわけでは無いが、留学を増やすことは結果として国力を強くするのではないかと思う。
 僕自身は31歳のときに会社を休職して一年間憧れのニューヨークに行き、得難い経験をたくさんした。街角で柄の悪い人に罵倒されたりコーラの瓶を投げつけられたり、人種差別的な目にあったり、その一方、人間は地球上どこの人も同じように分かり合えるんだということを実感したり。
 英語はいまだに苦手だが、そのときに感じたこと、経験したことは自分にとっては生涯の宝になっているし、大切な友人もできた。
 改めて若いうちに留学すること、異文化体験をすることの大切さを痛感したものだ。

 なので、その留学経験のある二人の俳優たちと話していると、その個性や表現に留学したからなのかな、と思うような屈託の無さ、率直さを感じることが多々あった。
 海外のような異文化の中では自分の意志をしっかり表現する強さがないとやってられない。相手が「思いを汲んでくれる」ことなど絶対にないのだから。
 それゆえ表現は豊かになり、はっきりものをいうストレートさが身に付き、ぶつかることを恐れない強い気持ちが鍛えられる。
 それは結果的に人間力につながるわけだし、個人のレベルでの国際競争力も強くなるだろう。
 そんなことを思わされた夜だった。

 
 ラジオ局で仕事する人間としての僕はここのところニュース情報番組に関わっている。
 今年は1月からニッポン放送の月曜から木曜、夕方4時からの「ザ・ボイス」、4月から週末土曜日の午後1時からの「辛坊治郎ズーム そこまで言うか!」の立ち上げ、そしてこの10月からは月曜から金曜の早朝番組「高島ひでたけのあさラジ!」の担当プロデューサーになるなど、立て続けだ。
 僕はもともとこれまでのキャリアではオールナイトニッポンに関わっている時間が長い。
 なので、もともとは”ふざけた番組”ばかり作って来た。
 パーソナリティに受験企画として大学を受けさせたら、落ちると思っていたのに受かってしまい、悩んだ末に入学金と初年度授業料を僕が立て替えて1年だけ通ってもらったり、同じく受験生企画として”人柱”と称して生き埋めにしながら放送したり。リストラされたOLを集めて「リストラガールズ」なるアイドル?グループを作ってみたり。シングライクトーキングの佐藤竹善さんを覆面歌手「若っ貴」としてデビューさせたり、本当にプロレス選手の覆面を被ってもらってライブをやったり・・・などなど。
 ニュース情報番組もこうしたバラエティ番組も僕にしてみれば「面白いものは何か?」というミッションに対する答えだ、と自分的には納得しているつもりなのだが、ここのところどうも「笑い」を求める気持ちがムクムクと立ち上がって来ている。
 僕が担当していたわけではないが、僕の中のひとつの理想的な番組は今ではある意味伝説になっている「電気GROOVE のオールナイトニッポン」。つい最近までのお笑いブームとはちょっと違った質の笑いがある番組だった。
 なんていうのかなあ。ボケとツッコミでもない笑いというか、ちょっとシュールな笑い、というか・・・。今、バラエティ番組で活躍するお笑い芸人でこの番組が好きだったという人も多いし、僕から見るとある芸人は喋りが電気GROOVEの石野卓球のコピーだなあ、と思うことがあるほど影響力があった番組。
 なんかそんな「笑える」ラジオ番組を作りたい気持ちになりつつある。
 
 少し前まで「お笑いブーム」だったが、僕自身はどうもそのブームに満足できなかった。
 僕は「笑い」とは社会の不条理を切り取って笑いにして昇華してしまうものであって欲しいと思っていて、最近のお笑いの中にそれを感じることが出来ない。
 誰とは言わないが政治風刺を売り物にするコントグループなどもあるが、あれは単なる物まねで風刺になってないと思うし、なかなか「反体制」姿勢の笑いになかなか巡り会わない。
 だから僕自身は作り手としては世の中にあふれる2人組の芸人にはあまり興味を引かれなかったのだ。
 なんで人間は笑いたいのかを考えてみると、「笑うしか無い」というか日常生活の中で感じるやるせない不条理を「笑い飛ばしたい」からではないか。
 だから単に笑えるだけでなく、そこに反権力、反体制のメッセージが込められているようなそんな笑い。
 ここで書いていて今ひとつまとまらないのでもう少し考えてみるが、心底から胸がスカッとするような笑いを求める気持ちが沸々と湧いている。
 そんな気持ちになっている人が多い気がしているんだけどなあ。違うかなあ。