女性の子宮でものを考えるというが、その感性にはときたま衝撃を受けることがある。
 先日ある韓流アーティストのライブを観に行ったのだけれど、その圧倒的な女性パワーに驚かされた。男性は韓国のアーティストというと、竹島問題のこととか考えてしまって今は素直に盛り上がれないようなところがあるが、女性には関係ないようだ。
 よくよく考えてみれば女性は右翼、左翼とかいう思想的な判断より、好き、嫌いという判断のほうが優先しているようにみえる。
 だからその韓流アーティストのことは韓国人である、ないに関わらず「カッコいいから好き」ということなのだろう。

 女性のこうした傾向はときに男性のにとって脅威となる。
 かつて二人組のアーティストB'zがデビューしたころ、男性の業界人はTMネットワークのサポートギタリストの松本孝弘が新たに作ったユニットであることや、ボーカリストとして突然出現した稲葉浩志の歌のうまさを話題にし、彼らの成功する可能性について論じていた。
 しかし、僕の知っているある女性音楽評論家は「ボーカルの稲葉浩志がギリシャ彫刻みたいでかっこいい、だから売れる」と言い切った。
 男性がいくら頭で考えてもこういう言葉は出てこないと感心したものだ。
 そして実際にB'zのボーカル稲葉浩志は女性に圧倒的に支持されるようになり、それを原動力のひとつとしてB'zはブレイクしていく。
 「好き」「嫌い」は一瞬の判断であり、どんなに考えようとも好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いだ。男性はそのことがわかっていても一生懸命考えてしまうが、女性は一瞬にして「好き」「嫌い」を判断する力が女性にあるように思える。

 僕は昔からアイドルにハマったことがない。
 音楽が大好きだがアイドルを好きになることは結局今まで一度もなかった。
 だからなのかAKB48に人気があることを理解することはできるが、感覚的に納得することが出来ない。だからなのか、アイドルが売れる、売れないの予想がまず当たらない。もう、諦めてしまったあまり「売れそう」とか「売れないんじゃないか」といった意見を人前で言わないことにしているくらいだ。
 ラジオ番組制作という仕事の中でよくアイドルをプロモーションされるが、どうですか?とか聞かれるとちょっと口ごもってしまうところがある。
 でも、きっとプロデューサーである秋元康さんはおニャン子といいAKB48といい、アイドルが大好きなのだろう。プロデューサーとして戦略的に数々の施策を考えていくことと同時にご自身が感覚的に好きなことをやっているもうひとつの側面があるように思う。

 やはり、女性ほどではないにしろ、男性にも「好き」「嫌い」を行動原理に出来る人がいて、異彩を放つことがある。
 むしろ「好き」「嫌い」を行動原理に出来る男が成功できるのかも知れない。
 仕事には「食っていく」「稼ぐ」という面があるが、それに振り回されずに自分の「好き」「嫌い」を通すことが成功への近道なのだろう。

 だから、僕は自分で仕事をしていて迷った時には女性に意見を聞くように心がけている。
 かつてこういうことがあった。のちに音楽業界に就職することになったある女性がまだ学生バイトだったとき、彼女の好きなアーティストはポルノグラフィティだった。
 彼女はかなり早い段階から「ポルノがいい!」と僕に勧めてくれていたのだが、その彼女にがあるとき突然「最近いいのは音楽じゃなくてタカ&トシです。」突然言い始めた。それを聞いてなぜ音楽好きの子がお笑い?と思ったが、そのあと芸人ブームが来たことは言うまでもない。
 もうこの世界の流行り廃りは女性が動かしているといって過言ではないだろう。

 だから判断に迷ったら女性に訊け!これが鉄則だな、と思ったBIG BANGの東京ドームライブだった。
 
 NHKの「MASTER TAPE~荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る」を見た。
 これは荒井由実の『ひこうき雲』というアルバムのマスターテープを聴きながら、当時のあれやこれやのエピソードを語る番組だが、当時のモノづくりの現場のことがよくわかる感動的な番組だった。
 時代背景もあるし一概に現在と較べることは出来ないが、最近忘れていたことを思いださせてくれるような内容だった。
 同じ番組を見たプロデューサーの本間昭光さんが、
「素直に先輩ミュージシャンの凄さに憧れを抱いてしまうのです。それは演奏技術やテクノロジーを超えた何かです。きっと「生き様」なのでしょう。」
 という感想を書いていたが、僕も同感だ。
 そこにあるのは若さとひたむきさが作るクオリティ。妥協は一切ない。だからこそ、番組上の企画だろうがスティールギターの駒沢結城さんがどうしても録音し直したいソロがある、とスタジオに入るシーンもそのひたむきさの表れだろう。
 またボーカルの音程に徹底的にこだわったディレクターの有賀さん、何年、何十年の聞かれるアルバムになるには音程の狂いは許容できない、とユーミンに繰り返しボーカルトラックの歌い直しを命じたエピソード。
 好きなものは好き、嫌なものは嫌とぶつかりあう妥協のないモノづくり。
 本間さんの言う通り演奏技術やテクノロジーを超えた人間そのもの、生きる姿勢、真摯さ・・・。
 こうした現場の意識の高さが新たな時代を切り開いたに違いない。

 仕事の現場には障害が溢れている。期限、予算、費用対効果・・・。調整は仕事においては絶対に必要なことだけれど、クオリティの追求とどう折り合いをつけていくのか。
 調整型の仕事の方が短期的には評価されることが多いに違いない。でも長期的視点に立ったとき、やはり仕事の質が重要な意味を持ってくる。
 この番組を見ていると、すでに1970年初頭のレコーディング当時から何十年先でもも通用する作品を作ろうとしていた志の高さが感じられる。
 やはり仕事においてはこうありたいものだ。
 結局素晴らしい仕事というのは目先の調整を優先させるやり方からは生まれない。

 先日の笹子トンネルの天井落下事故の原因は単に建造物の劣化ではなく、それを管理する人間の劣化が原因だと感じる。
 一方で日本のトンネル掘削技術は高いと聞く。そもそも笹子トンネルもとても難しい地盤、地質の場所に技術を駆使して作られたトンネルであるとも。
 その技術の素晴らしさを人間の質の劣化が台無しにした。
 原発についても同様だ。事故前は未来有望な日本の輸出可能技術として原子力は語られていた。それを台無しにしたのは人間のクオリティの劣化。

 新しい時代を切り拓いていくのは技術、テクノロジーだけでは不十分だ。
 一番大切なのは人間の思い、ひたむきさ、自分に対する厳しい態度であることも痛感させられた番組だった。
 今日は映画「人生の特等席」を観た。
 クリントイーストウッド主演の映画で、プロ野球スカウトの父親と娘の物語だった。
 この映画の本筋ではないのだが、ところどころにケンカ、小競り合いのシーンがある。
 中心は親子関係なので、親子の会話の中はもちろん、野球選手同士や、会社の上司と部下の会話など様々な言い争いのシーンがある。
 これを観ていると、台本だとは分かっていても、こんな会話をして育った人たちと対等に渡り合うのはなかなか大変だと思わされる。
 「お前の母ちゃんでベソ」的な子どものケンカから、「昇進に相応しいのは私です。あの人(この場合ライバルの同僚)は私の部下になることこそが相応しい」と上司にプレゼンしたりするシーンなど。観ていると日本人同士ではしないようなセリフが満載だ。
 
 こうしたシーンを観て思うのはこうした応酬がされるということは当事者たちは意外に冷静であることだ。平静時の穏やかな感情と激昂した怒りマックスのあいだの段階が日本人よりもたくさんあるように感じる。怒りを感じながらも皮肉を思いつくくらいの冷静さを保っている。そして相手がダメージを受けるような言葉を投げかける。
 ケンカの仕方が上手いのだ。「怒った方が負け」とも言うが、そのことがよくわかっているように思う。そして本当に怒りを表現する時は徹底的にやる。こうした文化なのだろうか。

 これは日本の外交下手にも通じるところがある気がする。
 尖閣の問題についても中国はアメリカを始めとする主要国の新聞に大きい広告を出し、「尖閣は中国の領土」と主張しているのに、日本はそうした広告を出していない。そのため、中国の主張はわかったが日本はどう考えているのか分からないと言われる。
 こうしたアピール下手、ケンカをするならその味方を増やして行く戦略が甘い。これもケンカ慣れしていない日本人の特徴か。確かに中国人って普段からケンカしているみたいだもんな。
 心理的な戦略や、当事国以外の海外戦略を含め悪く言えば狡猾ともいふべき対処は日本には見られない。
 そういえば僕がアメリカに住んでいたときに日本が打った唯一のテレビCMは「日本のODA(政府開発援助)額は世界一」というものだった。今となっては世界一ではないのでこのCMは流れていないと思うが、これを観たときにちょっとビシッと決まっていない何とも座りの悪い気持ちになったことを思い出す。
 これはビジネスシーンにも同様のことが言える。
 ふだんからビジネスの現場で起こる衝突にどう対処するかが鍵になることが多い。
 感情を露にすること無く、冷静かつ理路整然と自分の主張を説明し、相手の考え方を問い落ち度があれば鋭くそれを指摘する。
 そんなことが出来ればいいがなかなか難しいものだ。
 しかしながら海外で交渉ごとを進めるときには、相手に自分の主張をちゃんと説明できないと前へ進まない。これを実感するにはやはり海外で暮らしてみるしかないと思うので、若い人たちにはどんどん海外留学に挑戦して欲しいと思う。