僕はここのところ何度か丸の内朝大学などで講座を持たせてもらい「先生」をやる機会に恵まれている。
 そのときの講座のテーマは大体「ラジオパーソナリティに学ぶコミュニケーション術」のようなテーマだ。
 ラジオパーソナリティは如何にしてリスナーとコミュニケーションしているのか、どうすればトークのスキルは上がるのか、ということを話している。
 まあ、いろいろ自分の経験を引きながら仕事の現場で憶えたことを僕なりに伝えているが、よくよく考えてみると先生をやっている僕はコミュニケーションスキルは高いのだろうか?とふと考えてしまった。というのは僕自身、コミュニケーションで壁に当たることが多いからだ。
 例えば家族、妻とのコミュニケーションだ。
 僕は割とのんびり構えていて直前になると慌てて準備するタイプ。妻はテキパキと準備を早めにするタイプ。このふたりで旅行に行こうとするとよく行き違いが起きる。
 結婚して最初のうちは恐らく彼女が僕に譲っていたのだろう。旅行の計画や予約を任せてくれていた。結婚して数年たってからは僕のホテル予約に不満を覚えたのか、彼女が猛然とホテルについて調べ始め、旅行の旅にお得な予約方法や、ホテルの部屋より広いキッチン付きのコンドミニアムを同じ値段で押さえたりと彼女自身の才能を発揮し始めた。
 まあ、任せているうちはいいが、そのうち「あなたはどうしたいの?」みたいなことになる。
 あまりに仕切らない夫に不甲斐なさを感じているようだ。なので何回かに一回は僕がいろいろ手配したりする。でもどうしても我慢できないらしく途中経過をこと細かくチェックしてくることがある。
 一応僕も男の子なんで「任せてくれよ!」という気持ちになるのだが、実際にチェックされると結構大事なことが抜けていたりして「やっぱり」みたいな事態に陥るのだ。
 僕が彼女に不満に思い、いろいろ言っていても結局は彼女が正しいことの方が多いのである。
 そのことをだんだん僕も自覚して来ているものだから、彼女がする旅行の手配に口出ししないようになるわけだが、なおさら彼女にしてみればコミュニケーション不足に感じられるようだ。
 このように僕の妻に対するコミュニケーション術は旅行を計画するときには発揮できていないようだ。まずは家族から攻略せねば、と思う今日この頃である。
 そういえば結婚した当初も、「エンターテインメントのプロならまずは家族を楽しませてよ」と怒られたことを思い出した。
 自分の成長の無さに深く反省である。
 読売テレビの「そこまで言って委員会」の勝谷誠彦さんが突然降板してちょっとした話題になっている。僕はニッポン放送で勝谷誠彦さんとも、今たかじんさんの休み中に司会を担当している辛坊治郎さんとも仕事をしているので一体何があったのか先週は戸惑った一週間だった。
 明日月曜日になると勝谷誠彦さんはニッポン放送の夕方4時からの番組「ザ・ボイス~そこまで言うか!」に出演するのだが、この1週間で勝谷さんは自分のメルマガの号外を出すなど真相を明かさずとも匂わすような発信をしている。
 この件については当事者では無いのでいろいろ入っている噂をここで書くことはしないが、出演者の降板というのは僕のこれまでの仕事の中でも最も難易度の高い仕事であることを改めて思い出させてくれた。
 テレビ関係者の友人から聞くところによると、ドラマの打ち上げは雰囲気がいいが、バラエティの打ち上げは大抵の場合雰囲気が暗いという。それは1クール(3ヶ月)で必ず終了することがわかっているドラマに大して、バラエティ番組が終了するときは視聴率が悪い時だからだそうだ。
 確かに盛り上がらなかった番組の終了は辛い。「今回の数字の悪いのはあいつのせいだ」みたいなことにもなるのだろう。
 が、しかし、今回の「そこまで言って委員会」のように複数いる出演者のうちひとりだけを降板させるのはさらに辛いことなのは想像に難く無い。
 ラジオ番組でもメインパーソナリティの相手を務めるアシスタントについては試行錯誤することが多く、短い時間で降板をお願いすることも少なくは無い。この作業は結構辛いわけだが、それ以上にそれなりの大物で自身の発信メディアを複数持っているような出演者の場合はとても気を使う。トラブルになったときの影響力が半端じゃないからだ。
 かつて他局で「スポンサーがついているのに自分のギャラが安い」とか「番組スタッフが別のことに使ってしまった」などと怒ってその思いの丈をブログやツイッターでぶちまけていた出演者がいた。詳細な事情はわからないがこれは僕のような局の人間から見ると完全に筋違いな話だった。
 何しろスポンサーがいるいないに関わらず、制作費というのは最初から決まっているものなので、スポンサーがついてもギャラが上がることは無い。もちろんタレントが強いからスポンサーが付いたのだすれば、次のギャラ交渉では値上げを要求する材料にはなるが。
 だから僕はそのトラブルを傍目で見ながら「説明に失敗しちゃったのね」と思っていた。
 そうなのだ、人間というのは一度怒らすとややこしい。よくよく考えるとおかしな話でも怒った人はなだめに行かないと物事は前へ進まないし、一度怒ると何を言っても無駄なことが多い。
 人間そうそう簡単には冷静になれないのだ。
 
 花粉症っていうのはよくよく考えると戦後の農林行政で杉の木をたくさん植林したことが原因で、その根本原因である杉の木を伐採することを始め、いくつか対策があるのに、それが進められないのは薬業界にとっては花粉症対策マーケットが大変に大きいからである・・・と言われていたりして、一見自然現象に見える花粉症も実は公害なのだと思うと腹が立つ。
 でもそのことが正しいのかどうかよくわからないこともあり、黄砂やpm2.5についても同様だ中国から飛んでくる迷惑な砂や粒子についての怒りも一体どこにぶつければいいのやら。
 尖閣のことを言う前に自分たちで出している公害のことを何とかせいや!という気持ちにもなるってもんだ。
 しかしその一方日本も福島原発の水を海に流したりして世界各国から非難を浴びている現状を考えると「う~ん」とうなってしまうのだ。
 「お互い様」と済ませることが出来る話じゃないけれど、現実との向き合いとかく難しい。
 ひとつひとつ解決して行かなければならないのだが、こういうときに「怒り方」が巧みな条件闘争が上手な人が必ずいて、どさくさに紛れて得していることもある。
 そういう人になりたいものだがなかなかそう振る舞うことは難しいので、今日も僕はそれなりに誠実に生きようと思うのだ。
 でも本心は怒り方が上手い人になりたいのだけれど。
 読売テレビの「そこまで言って委員会」の勝谷誠彦さんが突然降板してちょっとした話題になっている。僕はニッポン放送で勝谷誠彦さんとも、今たかじんさんの休み中に司会を担当している辛坊治郎さんとも仕事をしているので一体何があったのか先週は戸惑った一週間だった。
 明日月曜日になると勝谷誠彦さんはニッポン放送の夕方4時からの番組「ザ・ボイス~そこまで言うか!」に出演するのだが、この1週間で勝谷さんは自分のメルマガの号外を出すなど真相を明かさずとも匂わすような発信をしている。
 この件については当事者では無いのでいろいろ入っている噂をここで書くことはしないが、出演者の降板というのは僕のこれまでの仕事の中でも最も難易度の高い仕事であることを改めて思い出させてくれた。
 テレビ関係者の友人から聞くところによると、ドラマの打ち上げは雰囲気がいいが、バラエティの打ち上げは大抵の場合雰囲気が暗いという。それは1クール(3ヶ月)で必ず終了することがわかっているドラマに大して、バラエティ番組が終了するときは視聴率が悪い時だからだそうだ。
 確かに盛り上がらなかった番組の終了は辛い。「今回の数字の悪いのはあいつのせいだ」みたいなことにもなるのだろう。
 が、しかし、今回の「そこまで言って委員会」のように複数いる出演者のうちひとりだけを降板させるのはさらに辛いことなのは想像に難く無い。
 ラジオ番組でもメインパーソナリティの相手を務めるアシスタントについては試行錯誤することが多く、短い時間で降板をお願いすることも少なくは無い。この作業は結構辛いわけだが、それ以上にそれなりの大物で自身の発信メディアを複数持っているような出演者の場合はとても気を使う。トラブルになったときの影響力が半端じゃないからだ。
 かつて他局で「スポンサーがついているのに自分のギャラが安い」とか「番組スタッフが別のことに使ってしまった」などと怒ってその思いの丈をブログやツイッターでぶちまけていた出演者がいた。詳細な事情はわからないがこれは僕のような局の人間から見ると完全に筋違いな話だった。
 何しろスポンサーがいるいないに関わらず、制作費というのは最初から決まっているものなので、スポンサーがついてもギャラが上がることは無い。もちろんタレントが強いからスポンサーが付いたのだすれば、次のギャラ交渉では値上げを要求する材料にはなるが。
 だから僕はそのトラブルを傍目で見ながら「説明に失敗しちゃったのね」と思っていた。
 そうなのだ、人間というのは一度怒らすとややこしい。よくよく考えるとおかしな話でも怒った人はなだめに行かないと物事は前へ進まないし、一度怒ると何を言っても無駄なことが多い。
 人間そうそう簡単には冷静になれないのだ。
 
 花粉症っていうのはよくよく考えると戦後の農林行政で杉の木をたくさん植林したことが原因で、その根本原因である杉の木を伐採することを始め、いくつか対策があるのに、それが進められないのは薬業界にとっては花粉症対策マーケットが大変に大きいからである・・・と言われていたりして、一見自然現象に見える花粉症も実は公害なのだと思うと腹が立つ。
 でもそのことが正しいのかどうかよくわからないこともあり、黄砂やpm2.5についても同様だ中国から飛んでくる迷惑な砂や粒子についての怒りも一体どこにぶつければいいのやら。
 尖閣のことを言う前に自分たちで出している公害のことを何とかせいや!という気持ちにもなるってもんだ。
 しかしその一方日本も福島原発の水を海に流したりして世界各国から非難を浴びている現状を考えると「う~ん」とうなってしまうのだ。
 「お互い様」と済ませることが出来る話じゃないけれど、現実との向き合いとかく難しい。
 ひとつひとつ解決して行かなければならないのだが、こういうときに「怒り方」が巧みな条件闘争が上手な人が必ずいて、どさくさに紛れて得していることもある。
 そういう人になりたいものだがなかなかそう振る舞うことは難しいので、今日も僕はそれなりに誠実に生きようと思うのだ。
 でも本心は怒り方が上手い人になりたいのだけれど。