よく「最近、酒が弱くなったよ。年だな。」なんてことを同世代から聞くようになった。
 元気に飲んでいた奴でも「体調がおかしい」とか「人間ドックで数値が悪い」と言い出したりしている。そう、40代も後半に入り、僕にも明らかな体調の変化が起きている。
 会社の近くの「安い、美味い、早い」のカレーライス屋のカレーを食べると胸焼けするようになった。
 フレンチとかも、フルコースを食べられたのも若ければこそ、今ではアラカルトで少量しか食べられなくなった。ある程度の年齢にならないととても金額的に手が出なかったので、「ああ、もっと若いころに金があれば」と残念な気持ちになる。(本当は今でも高いと思うけど)
 いまでは食事もすっかり和食党になっている。本当は洋食だって好きなんだけれど、どうも最近はきつい。
 何でも食べて飲めるんだから若いって素晴らしい。

 そんな僕の変化は酔い方にも表れた。
 昔は深夜番組を担当していたこともあって夜に強かった。まあ若者はみんな夜更かしである。
 だから飲みにいくと止まらず、2軒3軒と店を重ねて行き、夜の7時くらいから飲み始めて朝の5時まで飲み続けるなんてこともある。「10時間も飲んじゃったなあ~」と平然と言っていたこともある。酔っぱらっても、記憶が多少曖昧でも人としてきちんと振る舞っている自信もあった。
 ところが、である。少し前から寝落ちするようになった。
 酔った挙句、ぷつんと突然事切れる。中年になると一定の生活サイクルで過ごさないと身体が辛いので、なるべく同じ時間に起き、同じ時間に寝るように意識している。
 そうすると寝落ちする時間も大体夜11~12時前後と決まってきた。大体終電で帰るかどうか迷う時間ですね。
 自分でもどこで寝るかわからない。だって直前まで喋り倒していたりするから。
 知らないうちに寝落ちしていて、目が覚めると同行の女性陣に会計されていたりするからみっともない。先日も大勢で飲んでいるうちに寝落ち。写真を撮られてFBにアップされたりして・・・恥ずかしいったらありゃしない。
 ある会でも「最近飲み会が寝落ち終わりなんだよね~」なんて雑談をしていて、その2次会でしっかり本当に寝落ち終わり。「『寝る寝る詐欺』かと思ったけど本当に寝るんですねえ」とあきれられた。
 本当は酒量をコントロールするか、1次会でさっさと帰るとか、分別のある大人な飲み方をしないといけない年齢なのかもしれない。 
 せめて女性といるときくらいしっかりしたいものだ。
 と思いながらも今日も酒が入るとそんなことさえも忘れてゴキゲンになっている僕なのだが。
 あるアーティストが自分の人生を変えた1曲としてFugeesのKlling Me Softly With His Songをクラブでアナログ盤の音で聞いた時の衝撃を話していた。そして同じ曲をCDで家で聞くのでは印象が違う、とアナログ盤の良さを語っていたのだが、音楽データのデジタル化が始まってからずっとこのアナログとデジタルの音の差については音楽好き人間には大きいテーマだ。
 デジタル化するときの問題はどれくらいの情報量を入れこめるかだ。それは近年データの圧縮方法などとも絡んでくる。そしてその情報量の詰め込みを効率化するために可聴音域以外の周波数帯をカットしている事。しかしこの可聴音域については年齢によってかなり「聞こえ」が違う事と、個人差があることが知られている。よくモスキート音と呼ばれる17000Hzくらいの音は未成年には聞こえるが成人以上で年齢が上になるほど聞こえにくくなることは割と有名だ。
 また低い音域も「低周波騒音」などと言われ、聞こえていないのにストレスになり体調を壊すなんてこともあるようだ。
 こうした「聞こえない音」を機械的にカットしたデジタル音源と、それが含まれているアナログ音源。その差がアナログ盤で聞く音楽のある種の心地よさを生んでいるのでは無いかと思われる。
 20世紀は科学の時代とも呼ばれ、科学が作る輝く未来を夢見て日本も行動経済成長を遂げて来た。こうした時代のものの考え方はある意味「見えるものしか信じない」では無かっただろうか。
 「電波」にしても目には見えないが我々はその存在を受け入れている。でも電波の存在を知らない昔の人にとっては携帯電話やトランシーバーをいう機器は魔法にしか見えないだろう。
 聞こえない音を聞こうとする人がいたからこそ、分かる事がある。見えないものを見ようとする人がいたからこそ分かる事がある。見えないものは受け取り方次第でオカルト、超常現象にもなるし、科学的な分析の第一歩にもなり得る。
 映像にしてもそうだが、「デジタル化」とは見えないものや聞こえない音をカットしていく作業でもある。デジタル化が進めば進むほどデータの情報量がポイントになり、その効率化、例えばデータの圧縮をいかに効率的に行うかが重要になってくる。
 でもこんな時代だからこそ聞こえない音に想像力を働かせ、見えないものを見る完成を磨く事がとても大切な事なのではないかと今思う。
 
 先週末は小学校の同級生5人と一緒にプチ同窓会をやった。
 さすがに40年以上知り合いだと男女も超えてのぶっちゃけ話で何か大きいトピックがあったわけでは無いのにかなり遅くまで盛り上がったのだが、この会、1軒目は鍋物、2軒目は決めていなかったので街をぶらぶらして探すことになった。
 お腹はいっぱいなのでバー的なお店を探していると、店の扉を開けっ放しにしているお店があり、店内に入って聞いてみると大丈夫だったので入店した。
 オーダーを取りに来てくれたのは年の頃20代半ばの元気な女性。茶髪で八重歯が可愛い笑顔、Tシャツにショートパンツにラメの入ったタイツを履いたちょっと遊び経験値高そうな人。
 この人がやたら明るい。こちら側のメンバーの女性がある高アルコール度のスピリッツを頼むと驚きの声を上げ、同じく連れの男性がカクテルを頼むと「頼むものが違うんじゃないですか~?」と明るくフランクに話しかけてくる。
 バーの従業員はもう一人女性がいて、こちらの方は黒髪、大き目のTシャツをルーズに着てジーンズを履いた少しシャイで真面目そうなタイプだった。
 オーダーはショートパンツの娘が取り、ドリンクを運んでくるのは真面目そうな娘。どちらも気さくな性格の印象を受けた。

 しばらく飲んでいるとあることに気付いた。人がひっきりなしに入ってきてカウンターが満席なのだ。僕らはカウンター横のテーブル席に付いていたが、この満席ぶりが気になり少し観察をしていた。しかもお客さんは全員男性。そしてひとりで来ている人がほとんどだ。どうもカウンターの中の二人の女性目当てなようだ。この二人の女性従業員も明るくカウンターの中から卒なく接客している。
 夜が深くなっていく共にカウンターの会話も盛り上がり声が高くなり、よくよく話に聞き耳をたてていると今日、この店で会ったばかりの客同士にも会話が生まれている。常連らしき男性が会話のつなぎ役を務めていたりもする。

 この光景を見ていてうち、この二人の女性従業員のファンコミュニティの成立して行くプロセスはに妙に感心してしまった。
 これはアイドルにファンが出来ていくプロセスと同じなのではないだろうか。
 やはり、メンバーは派手な子と地味な子の組み合わせ。その方がより広いタイプのお客さんをフォローできる。
 僕の世代ではピンクレディ、ミーちゃん派かケイちゃん派か。最近ではAKB48自分好みのメンバーにファンがつく。このバーで展開していることはそれと同じように見える。
 彼女たちとファンである客のあいだにはカウンターという超えてはいけない一線が存在し、それを超えようとする客には後方で目を光らせている男性従業員が対応する。
 そして酔いと経済力が作る時間の限界を迎え帰っていくとまた新しい客がカウンターの空席に付く、この繰り返しでこのバーの経済は回っている。
 そうこうしているうちに僕も酔いの限界を迎え席を立った。でも、もしかするとまたこの店に来てしまうかも知れない・・・。